That Reminds Me








またエラいのを拾ってきたものだと思った。
十三代目石川五右ェ門と出会った頃の話だ。

「・・・・・・やれやれ、厄介な仲間が一人増えたようだ。」

ルパンと妙に意気投合したオサムライをそんな風に迎え入れたはいいが、実のところ、ルパンも次元も男のことはほとんど
知らなかった。あの頃の二人は、珍獣か宇宙人を相手にするように、面白半分のおっかなびっくりで侍に接したものだ。
アジトにやって来た侍の態度は、お世辞にも褒められたものではなかった。「傍若無人」と「傲岸不遜」が服を来て歩いてい
たと言っていい。人のアジトで遠慮なくソファーの真ん中に陣取った侍に「そこァ俺の席なんだがな」と言ってみたが、一つ
睨み返されただけで終わった。
そのくせ食事の仕方などは妙に綺麗で、実は存外いい出自なんじゃねえか、と疑うこともできた。これは食えぬ、あれはな
いのか、とうるさい所などはまさにいいとこのぼんぼんを思わせたが、日本食なら握り飯一つでも満足しているのだから、そ
う高貴な出でもないらしい。

こういう稼業は長いようで、尾行をくっつけて帰って来るようなヘマをしないのはすぐに分かった。それどころか、普段の生活
においても隙らしい隙がほとんどない。廊下を歩いただけで部屋の隅から殺気が飛んで来ることは、一度や二度ではなか
った。剣の腕にかけて右に出る者なしとの自負は、若いのにありがちな哀れな妄想だとばかり思っていたが、あながちそう
でもないのかもしれない。

朝に夕に励んでいる修業とやらをとっくり見せてもらって、妄想どころかあれは謙虚な言い回しだったのだと二人は悟った。
「武士道とは死ぬことと見つけたり」なんて言うらしいが、この侍は、毎日自殺しようとしているとしか思えない。
仕事が決まると、いつもの修業に特訓が追加された。暗闇に慣れる目的とやらで、侍が一日中目隠ししたまま生活し始め
た時は、さすがに次元がたまりかねて一度声を掛けたくらいだ。

「あのなあ、もっと気楽にやったらどうだ。」

殺気立った背中がぴくり、と動くのを見て、次元はしまったと思った。白刃が抜かれる前に逃げようと背を向けた瞬間、しか
し意外にも侍は目隠しを取り、真剣な声を掛けてきたのだ。

「気楽に、とはどうやるのだ。」
「どうって・・・・・・、」

予想外の食いつきに、次元はむしろ困惑した。

「・・・・・・あるだろ、肩の力を抜くとかよ。」
「抜くと動きがよくなるか。」

      余計なこと言うんじゃなかったな。
後悔したがもう遅い。

「・・・・・・よく分からんが、そうなんじゃねえか。」
「確かに・・・・・・、」

ものすごく適当な次元の返答を、侍は吟味し始める。

「ルパンやお主の動きは、拙者とは違う・・・・・・。」
「・・・・・・。」

こりゃダメだ。
考え込んでいる侍の背中に「まあがんばれよ」とだけ言い残し、次元はその場を後にしたのだった。
部屋を出たら、なぜだか笑えてきた。

      案外、素直なんだな。

「傍若無人」と「傲岸不遜」に「一生懸命」が加えられたのは、その時だった。



     *



初めて侍と日本を出た時のことも、よく覚えている。初めて、と言っても侍にとって外国は初めてではなかった。あの凄まじ
い修業の一貫とやらで、一年のうち半分は日本の外にいるというだけあって、異国の作法や習慣に侍が戸惑うような場面は
なかった。言葉も、相手の言っていることは大体解するらしい。ただ喋る方だけは、まるでダメだった。

「だ〜いじょぶだいじょぶ五右ェ門。とりあえず一言だけ覚えといてくれりゃいい。」

そうウィンクして、ルパンが授けたのは、『ちわー、モンキー清掃会社でーす』という挨拶だった。
かくて翌日から、次元は、「Hello,this is Monkey Cleaning Service.」としじゅう口の中で唱えている侍を目にするようになっ
たのだ。

「・・・・・・熱心だな。」

よせばいいのに、つい声を掛けてしまう。
むっつりと顔を上げ、「仕事のためだ」と五右ェ門は答えた。

「余計なお世話だがな、『service』がちょっと違うぜ。」
「もう一度頼む。」

目の色を変えて侍が身を乗り出す。こういう反応にもだいぶ慣れた。

「『service』。『アー』じゃなくて『ウー』に近いな。舌を丸めて少し上に向ける。」
「『service』。」
「あとは『v』だな。下唇を軽く噛め。」
「『ヴ』。」
「そうそう。」

「service」「service」と侍は繰り返す。白い前歯が下唇をぎこちなく噛むたびに、ぷるん、と唇が弾かれて揺れた。
なぜだか、見入ってしまった。

      何か、おかしいか。」

侍が真顔で尋ねる。「いや」と答え、次元は帽子のつばを下げた。

「上出来だ。その調子でやんな。」

肩をぽんと叩き、部屋を出る。
よく分からなかった。

      親だの教師だのってのは、こんな気分になるものなのか?

多分そういうことなのだろう。でなければあんなのが一瞬でもかわいく見えたりするはずがない。
一人納得して、次元は煙草を取り出した。


モンキー清掃の制服を突き付けられた時の侍は、なかなか傑作だった。

「・・・・・・これを、拙者が着るのか。」
「かっこいいだろ? わざわざロゴも入れたんだぜ〜。」

オレンジのド派手な作業着一式を渡され、五右ェ門は黙って立っている。その無表情が何かの不具合を押し隠したものだと、
ルパンと次元にはもう分かるようになっていた。

「・・・・・・もしかして五右ェ門ちゃん、着かたが分かんない?」
「馬鹿にするな。」

侍が声を荒げる。更に何か言おうとする侍に、ルパンは降参の態で両手を挙げてみせた。

「じょ〜だんよ冗談、んじゃ明日、よろしくね〜♪」

くるりと後ろを向く瞬間、おどけた顔が目配せを飛ばしてくる。肩をすくめ、次元も並んでその場を後にしたのだった。

      俺も、よくよくお節介だな。

舞い戻ってきたリビングのドアを前にして、次元はバリバリと頭を掻いた。ルパンに促されたとおり、ここはあの侍のプライド
を尊重してやるべきなのだろう。子供じゃないのだ、いくら経験がないとは言え、侍だって一人でやれるはずだ。
ただ、何と言うか、見てみたかった。
いつもの癖で殺気を警戒しながら、そろそろとドアを開ける。隙間から顔を出した瞬間、鼻から何かが出そうになった。
白いシャツの背中をこちらに向けて、多分ネクタイと格闘しているのだろう、侍は俯いて何かやっている。問題はシャツの下
から覗いている尻だった。

      あ、褌か。

一瞬、何も穿いてないのかと思った下半身には、ちゃんと侍の下着がつけられていた。しかし、と次元は目を凝らす。シャツ
からちらちらと覗く褌というのは、何て言えばいいのか、こう     

「何の用だ。」

急に尻が喋って、度肝を抜かれた。
振り向いた侍が、こちらに向かってやってくる。なぜかしどろもどろになって、次元は返答を探した。

「いや、別にあれだ、ちょっと散歩でも・・・・・・、」
「次元。」

むすっとした声が、下手な言い訳を遮る。

「これの結び方を教えてくれ。」
      。」

毒気を抜かれ、次元は一瞬ぽかんとした。「あぁ」と間抜けな返事を返し、侍の首に掛かったネクタイの両端を手に取る。

「ええと・・・・・・、」

真剣な眼差しを感じながら、いつも通りに結ぼうとした。揺れるネクタイの更に下、シャツの割れ目から、白い布がひらひら
しているのがやけに目にとまる。
急に結び方が分からなくなった。

      あれ?」
「何だ。」

侍が顔を上げる。まともにその目で見据えられて、なぜか落ち着かない気分になった。

「いや、こうきて、こう      、あれ?」
「お主、毎日しているのではないのか。」

侍が不審げに覗き込んでくる。はっとして、次元は男の肩を掴んだ。

「五右ェ門、向こう向け。」
      ?」
「向きが逆だから分かんなくなったんだ。いいか、こう      、」

侍の後ろから回した両手が、ぴたりと止まった。

      何だ      ? この匂い     

俯いた男の首のあたりから、ふわりと漂ってくる。匂い、というか、懐かしさというか、何だ? これ     

      次元?」

侍の声で、我に返った。

「ああ、悪ぃ      、」
「お主、もしや・・・・・・、」

窺うように、侍が言う。

「・・・・・・いつもルパンに頼んでいるのか?」
「んな訳あるか!」

腹の底から声が出た。
目を丸くしている侍をぐい、と前に向かせ、「いいか、こうやって、こうやって、こうだ!」と乱暴に結んでみせる。

「どうだ、分かったか。」
「・・・・・・うむ、かたじけない。」
「いいってことよ。じゃあな。」

ぽかんとしている侍を置いて、逃げるように次元は部屋を出た。
まったく、冗談じゃねえ。
誰にともなく、吐き捨てる。何でこんなにカッカとするのか、分からなかった。



     *



「・・・・・・いやあまったく、あの頃は苦労したぜ。」

引っかき回していた仕事道具の中から思いがけず出てきたオレンジの作業着を広げ、次元は感慨深げに言った。すっかり
忘れていたが、この作業着があるのだから、あれはここニューヨークの出来事だったのだろう。

「なんせお前ときたら言葉はダメ、洋服もダメ、大丈夫なのは剣だけだったもんな。」
「そうであったか。」

五右ェ門は澄ました顔で何やら包みを開いている。「何が『そうであったか』だ」とからかいかけた口が、開いたまま止まった。
「・・・・・・何だそりゃあ。」
「向かいのグローサリーで売っておった。特に祝い事ではないと言ったのに、ローソクまで付けてくれた。」

毒々しい水色のでかいケーキを取り出して莞爾と笑う侍に、次元はもう一度感慨のため息を吐く。あの侍がここまでになる
とはな。まったくたいした適応っぷりだ。

「お主も食うか。」
「いや遠慮する。」

甘ったるい匂いに対抗して、コーヒーでもいれようと思いつく。立ち上がった、その時だった。
五右ェ門が、ぽつりと言った。

「お主は、優しかったな。」
「・・・・・・。」

思わず振り返った。
気味の悪い菓子をよそに、侍は少し思い出すような目をしている。それを見ていると、無性に一つ聞きたくなった。

「五右ェ門。」
「何だ。」
      あの頃から、惚れてたか?」
「・・・・・・馬鹿を言え。」

侍がぷい、とそっぽを向く。頬がほんのり赤くなったのを見て、ニヤニヤした。
そっちがそうなら、俺も教えてやる訳にはいかねえな。
まあ、茶くらいはいれてやるか。

「煎茶でいいか?」
「珍しいな、お主が。」
「たまにはな。」
「かたじけない。お主もこれを食ってよいぞ。」
「そいつだけはごめんだ。」

笑いながら、次元はキッチンに駆け込んだ。












無料コピー本「4⇒※5」に掲載した作品です。仲間になったばかりの頃のふたりが書きたかったのです。
当時は気づいてなかったけど、今にして思うと自分は・・・、ってお互い思ってるんだろうなー。
絶対口に出さないだろうけど(^−^)。

この作品には、じろたんさんが挿絵をつけてくださいました。じろたんさん、ありがとうございます!
じろたんさんの挿絵は ⇒ こちら



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