覚悟
「・・・・・・たいした度胸ね。」
急に響いた声に、後藤は飛び上がるほど驚いた。完全に気配を消したつもりだったのだが。
曇りガラスの引き戸をそーっと開け、溢れ出る湯気の向こうに声をかける。
「・・・・・・よく分かったねえ。音した?」
「ものすごくいやな予感がしたの。」
こわー、と呟いた。
「何かおっしゃって?」
「いいええ? ここ寒いねえ。」
「部屋に戻れば? 温かいわよ。」
「でもまた服着るの面倒なんだよね。」
「・・・・・・なんですって?」
ガラリと戸を開け、湯気の中に入る。絶句しているしのぶを横目に、蛇口をひねった。
熱い湯と同時に、石鹸やブラシがやたらめったら飛んでくる。
「いで! しのぶさんタンマ・・・・・・、あいて!」
「殺してやるわ! 表に出なさい!」
「好きにしていいよ!」
きゅっ、と湯を止め、湯舟のへりに身を乗り出す。
「殺されてもいいから。」
「・・・・・・。」
「一緒に入りたい。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・だめ?」
湯舟の中で縮こまったまましのぶが小さくこぼす。
「いやよ・・・・・・。こんな明るいのに・・・・・・、」
「それがいいんじゃない。よおく見えて。」
「・・・・・・!」
しのぶが突然手を伸ばし、蛇口をひねった。
「うお!?つべた!」
勢いよく噴射する冷水を慌てて止める。前髪から雫がぽたぽたと垂れた。
「・・・・・・しのぶさん、洒落にならないです・・・・・・。」
「自業自得よ!」
「・・・・・・ごめんなさい。」
しのぶはつんと横を向いている。こりゃ失敗したなと立ち上がり、引き戸に手をかけた。うーさぶ。
「・・・・・・あったまっていけば?」
背中に声がかかる。
「・・・・・・!」
振り返ると、鼻まで湯につかって目だけでこちらを見ているしのぶと目が合った。ぷあ、と顔を上げて、
「・・・・・・風邪ひくわよ。」
赤い顔で睨みつける。
「ひどいなあ、風邪ひいたらこれしのぶさんのせいだよ。」
「後藤さんのせいでしょう!?」
「入っていい?」
「・・・・・・。」
返事の代わりにしのぶはスペースをあけた。
無言で後藤が湯舟に足を入れる。目を合わせようとしないしのぶの向かいにゆっくり沈み込むと、派手
に湯が溢れた。
「あ゛〜・・・・・・、あったけ。」
「・・・・・・狭いわね。」
「じゃこうしようか。」
手を伸ばし、しのぶを引っ張る。
「ちょ、なに・・・・・・、」
「いいからいいから♪」
向こうを向かせてから、伸ばした足の間に引き寄せた。しのぶは居心地悪そうに動いている。
「どしたの。」
「なんか、あたってる・・・・・・。」
ふよふよとしのぶの腰に触れているものを後藤はじっと眺めた。
「そうだね。」
「そうだね、じゃなくて・・・・・・。」
「遠慮しないでいいよ。俺気持ちいいから。なんなら寄っかかれば?」
「結構です。」
ちぇ、とぼやいて湯船のへりにざばと乗せた後藤の腕を、しのぶがじっと見つめた。
「・・・・・・たくましいでしょ。」
「自分で言う?」
「抱かれたくなった?」
「いいえ。」
言いながらも腕を見つめているしのぶのうなじに水滴がつ、と流れる。
ほとんど無意識にそこを舐めた。
「・・・・・・!」
身をよじるしのぶをがば、と抱き寄せる。
「後藤さん・・・・・・!」
「俺が抱きたくなった。」
囁いて耳の後ろにかぶりつくと、しのぶの抵抗が急に激しくなった。ざぶざぶと湯がこぼれる。
「ここ弱いね。」
「・・・・・・や・・・・・・、」
「やなの? じゃ・・・・・・、」
熱い軟骨をしゃぶりながら、両手の人差し指で乳首にそっと触れる。しのぶが跳ねた。
「・・・・・・ここ?」
逃れようと身を前にかがめるしのぶの肩に顎を乗せ、両指でゆっくりなぞる。
「ここがいいの?」
「・・・・・・や・・・・・・あ・・・・・・、」
びく、びく、としのぶの内部が波打つ。湯の中で弄ばれる乳房がなまめかしく紅い。
「・・・・・・ほら、こんなになってきた。」
「・・・・・・言・・・・・・わな・・・・・・、」
「恥ずかしくないよ。俺もこんなだから。」
腰を前にずらしてしのぶにぐい、と当てる。
「しのぶさん・・・・・・、欲しい・・・・・・。」
「もう・・・・・・!」
突然しのぶが後ろを向いた。
後藤の濡れ髪を両手で掴んで、がっ、と歯があたるようなキスをする。唇を噛まれた。
「しのぶさ・・・・・・、」
「・・・・・・覚悟できてるんでしょうね。」
睨みつけるまなざしが潤んで熱い。こんな顔で堪えてたのか。いとしかった。
「・・・・・・覚悟なら、いつでも。」
「見せてもらうわ。」
きつく抱き合い互いの肌の感触を確かめる。
半分以上湯が減ってちと寒いな、と思った。
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