昼行灯日記(二)
「・・・・・・例の賊が割れたのね。」
みそ汁をつい、と吸ってしのぶが静かに言った。
「あーうまかった。」
喜一は茶碗を置いてしのぶをちらりと見る。
「・・・・・・内緒だよ。」
喜一のこの眼を知る者は少ない。ごくたまに宿るその光はしのぶを捉えて離さず、魅入られたしのぶは
胸がざわめくのを感じる。
「人死にも出てるし、やり方が周到だわ。内緒にしてる場合じゃないんじゃないの?」
「いま内海屋に踏み込んでも何も出ないよ。あれだけの大店だ、盗品はその夜の内にさばいてるだろうし
ね。」
「じゃ、どうするの?」
「後を追うか。先を読むか。どっちにしても難しいねえ。」
ごろりと横になり、しのぶの淹れた茶をのんびりとすする。
「・・・・・・楽しそうだこと。」
「そうお?」
「なんだか生き生きしてる。危ないわね。」
「心配してくれるの?」
「ええ、あなたの可哀相な部下たちをね。」
しのぶは茶碗を片付けると台所へ立った。
*
手を拭きながら部屋に戻ると、喜一は開け放した縁側であぐらをかいていた。明るい月が、猫背の広い
背中をぼうっと照らす。
横に座ると、かすかないびきが聞こえた。
「 あなた。」
そっと肩を揺すって声をかける。
「ん・・・・・・。」
喜一が寄りかかってきた。そのまましのぶの膝へ崩れ落ちる。
「・・・・・・。」
腕組みしたまま膝の上で眠る喜一のあごを、しのぶはそっと中指で撫でた。喜一はくうくうと眠っている。
ざらざらとした感触。
「 気をつけてね。」
ぽつりとつぶやいた。
喜一が目を閉じたまましのぶの手をそっと握る。
「あ・・・・・・、」
やっぱり起きてたのね、と軽く睨んだが、喜一は目を開けずしのぶの手に唇を押しあてた。冷えた手の
ひらを温かい舌が這う。くすぐったくてしのぶは身をよじるが、喜一は離さない。
さあっ、と風が入り、秘めやかな音がかき消された。しのぶは手をされるがままにして、ざわめく木立を
見上げる。
喜一は薄目を開けた。青い光を浴びたしのぶは唇を少し開いて、ほつれた髪を風に吹かせている。
まつげの影、白い首筋。
ぞっとするくらいきれいだ、と喜一は思う。
しのぶが視線を落とし、喜一がまた目をつぶる。
しのぶが唇をなぞると、なぜた端から喜一の唇が笑みの形に変わった。
目を開けるとしのぶも薄く微笑んでいる。
黙って見つめ合う。
どこかで季節外れの風鈴が鳴った。
声も立てず二人は抱き合った。のしかかる喜一の体の重みを感じながら、しのぶは月が明るすぎる、と
思った。
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