アフター

                                              漢侍受祭 お題「戒」







 頭上のヘリが下降を始めた。
 吹き上げる風に飛ばされないよう帽子を押さえ、次元は屋上から身を乗り出して階下に目を凝らした。
ワイヤーを巻き上げる足元のウィンチの音が、バババババ、というヘリの轟音に掻き消される。揺れるワ
イヤーの先には侍がぶら下がっているはずだが、火花と煙で何も見えなかった。

「くそ、も少し早くなんねえのか。」

 悪態をついても、ワイヤーの巻き上げ速度はどうにもならない。マシンガンの猛攻を、侍は愛刀1本で
弾きまくっているらしかった。敵のヘリは、ルパンのヘリと次元の射程範囲を巧妙に逃れながら、引き上
げられる五右ェ門だけを執拗に狙っている。

 ルパンのヘリから縄梯子が下りるのが見えた。侍の伸ばす腕まで、あと1メートル、・・・・・・50センチ・・・・・・、

 ぐいと腕を掴み引き上げるのと、敵のヘリがこちらへ突っ込んでくるのが同時だった。機銃掃射を避け
て転がる2人の頭上を、2機のヘリが通り過ぎる。縄梯子の端を目で追いながら、次元は叫んだ。

「五右ェ門! 早く来い!」

 聞こえないのか、侍は敵のヘリに向かって走り出す。旋回した機体の銃口が、侍を捉えた。

「馬鹿野郎! 死にてえのか!」

 声を張り上げ、次元も駆け出した。弾丸をかいくぐる雪駄が地を蹴り、侍が空高く跳び上がる。次元に
見えたのは微かな火花だけだった。
 1秒の後、真っ二つになったヘリが凄まじい轟音を上げる。五右ェ門が紙のように飛んで来たと思った
瞬間、爆風が次元をも襲った。

「・・・・・・チッ!・・・・・・」

 マグナムを背に突っ込み、侍のワイヤーを引き掴む。吹き飛ばされた侍の体が、屋上のフェンスを越
えた。

「五右ェ門!」

 握り締めたワイヤーにズザザザザ、と引きずられ、次元はフェンスに激突した。手の中で滑り続けるワ
イヤーを渾身の力で引き掴む。

「ぐおおおオオオオ!」

 咆哮を上げる男の方へ、ヘリがゆっくりと近付いて行った。



     *



「・・・・・・ったく、あいつのことになると見境ねんだからな、お前は。」

 溜め息混じりのルパンに「うるせえ」と答え、次元は寝返りを打った。

「うるせえ!? うるせえつーたか今!?」
「ああ言ったぜ。言ったがどうした。」

 うそぶく次元に「ああったまきた!」とルパンはテーブルに立ち上がった。

「お前な! まだ残してきたお宝がたんっまりあんだぜあそこには!」
「だから取りに行きゃいいじゃねえか。誰も行かねえなんて言ってねえだろ。」
「お前が来てもしょうがねえだろがこのザマじゃ!」

 飛びかかり、次元の両手を掴んだ。引き上げられた手首から先は両方とも包帯でぐるぐる巻きにされ、
みの虫のようになっている。

「いてえなこの野郎! 触んじゃねえ!」
「こんなナリでノコノコ付いて来て何しようってんだ、歌でも歌ってくれんのか!?」
「なんなら踊りも踊ってやらあ!」
「・・・・・・むぉおおお許さねえ!」

 次元に掴み掛かる男を、

「やめろ、ルパン。」

 静かな声が制する。

「・・・・・・五右ェ門。」
「・・・・・・。」

 掴み合ったまま固まる2人の前につかつかと歩み寄り、侍は膝をついた。

「・・・・・・すまぬ、次元。」
「・・・・・・。」
「お主の呼びかけを無視した上に、命まで救われ、結果お主はこの様だ。・・・・・・詫びの言葉もない。」
「・・・・・・。」

「なんか言えよ」とルパンがつつく。

「・・・・・・別に言うことなんかねえ。」

 ごそごそとソファに寝そべりながら、次元は呟いた。

「たまたま目の前にあったのを掴んだら火傷しただけだ。お前にゃ関係ねえ。」
「・・・・・・っとにかわいくねーなお前は!」

 たまり兼ねてルパンが口を出す。

「気にすんな五右ェ門。こいつな、恥ずかしくってしょーがねえのよ。愛しい愛しい五右ェ門ちゃんを助け
るために、こ〜んなみっともない怪我なんかしちゃったもんだから・・・・・・、」
「表ェ出ろルパン!」

 突然立ち上がった次元に、「お〜お上等だ!」とルパンは上着を脱ぎ捨てた。

「おもしれえ、そんな体で何ができんのか、見せてもらおうじゃねえか!」
「2人ともやめんか!」

 侍の大声に、部屋はたちまち静まり返る。

「・・・・・・とにかく、」

 五右ェ門が立ち上がった。

「その両手では何もできまい。拙者の責任だ。償いにもならぬが、癒えるまでの間、拙者がお主の手の
代わりとなる。よいな、次元。」
「・・・・・・勝手にしろ。」

 ぼそ、と呟き、再び次元はソファに身を投げた。



     *



 ・・・・・・一体俺が何したってんだ?

 目の前で繰り広げられる光景に、ルパンは盛大な溜め息をついた。

「ほら次元、口を開けろ。」
「いーよ、ほっといてくれ。」
「何を意固地になることがある。1人では食えないのだから仕方あるまい。ほら。」

 豆の乗ったスプーンを侍がぐぐぐ、と押し付ける。

「・・・・・・チッ。」

 舌打ちしてから、次元は渋々口を開いた。

「そうそう、それでよい。」
「・・・・・・。」

 もぐもぐやっていた次元が、いきなり皿に顔を突っ込む。

「あっ! こら次元!」
「うるへー、これへじゅうぶんだ。」

 顔を上げ、くわえたベーコンをペロリと飲み込んだ。

「顔中汁まみれではないか。拭いてやるからこっちを向け。」
「いいっつんだよ。よせよ。」
「・・・・・・。」

 バン、とテーブルを叩いて突然ルパンが立ち上がった。

「どうした、ルパン。」
「・・・・・・俺ァ旅に出る。」
「何?」

 きょとんとしている2人に向かって、ルパンはまくし立てた。

「だぁれが目の前でこんないちゃこらいちゃこらされてな、まともに飯が食えるかってんだ! 五右ェ門、
気ィつけろよ。その調子じゃこいつは治ったなんて死んでも言わねえぞ。」
「何だと? そりゃどういう意味だルパン!」
「るせぇ! 好きなだけゆ〜っくり介護してもらってろ!」

 あばよ!と言い残し、騒々しくドアを閉めてルパンは出て行った。

「待て、ルパン!」

 後を追おうとする五右ェ門を「ほっとけ」と次元が制する。

「・・・・・・しかし・・・・・・、」
「いんだよ。あいつなりの労いだ、あらがたくもらっとくさ。」

 なに?と聞き咎める侍に返事をせず、次元は再び皿に顔を突っ込んだ。



     *



 大騒ぎの食事を終え、食後の一服にも一苦労した彼らを、次の課題が待っていた。
 脱衣所で顔を見合わせたまま、2人はしばし沈黙する。

「・・・・・・考えていても仕方がない。参るぞ。」
「・・・・・・おう。」

 意を決したように侍は次元の胸元に取り付き、ボタンを一つ一つ外し始めた。あまり器用とは言えない
その手つきを眺めながら、次元は所在なげに立ち尽くす。

「・・・・・・ほら、腕を上げろ。」
「・・・・・・おう。」

 バンザイした次元からシャツとランニングを引っぺがし、五右ェ門が前に回る。目を合わさない2人の間
を、カチャカチャという音だけが流れた。ベルトが外れた瞬間、侍の髪の匂いがふわりと立ち昇る。

「・・・・・・くそ。」

 平常心、平常心、と念じる次元に、「どうした?」と侍が問うた。

「何でもねえ。」
「・・・・・・そうか。」

 五右ェ門の手がジッパーを下ろす。自分の手でないというだけで、何がこんなにもクるのだろう。やっと
のことでスラックスから足を抜いた次元の前に、侍が立ち上がった。
 一瞬、ためらってから、呟く。

「・・・・・・後ろから、だな。」

 背後に立ち、す、とパンツの両側に親指を入れた。
 肩の辺りに、ひそやかな息がかかる。
 ごきゅ。
 高らかに鳴る自分の喉を、次元は叱りつけたかった。
 侍がぐいとパンツを下ろした途端、前が引っ掛かる。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

 無言のまま、五右ェ門がパンツの前を押し広げると、何とも中途半端な状態の息子が飛び出す。頼む
から見ないでくれ、と必死に祈った。足から抜いたパンツを籠に放り込み、五右ェ門がふうう、と息をつく。
いたたまれず、次元はシャワールームに飛び込んだ。

「はー・・・・・・。」

 いいか、落ち着け。ただの風呂だ。
 肘でレバーを動かし、シャワーから勢いよく冷水を出した。頭を突っ込み、落ち着け落ち着けと繰り返
す。

「なんだ、水ではないか。」

 続いて入ってきた五右ェ門がレバーに手を伸ばした瞬間、素肌が背に触れた。ぎょっとして振り返る。
髪を束ね、褌1枚になった侍が、「どうした」と尋ねた。

「・・・・・・お前も脱いだのか。」
「仕方があるまい。ずぶ濡れになる。」

 怒ったように言い、五右ェ門は石鹸を手に取った。取ってから気付く。

「・・・・・・お主、手拭いは・・・・・・、」
「ねえよ。普段は石鹸を擦り付けて終わりだ。」
「・・・・・・。」

 沈黙の後、「分かった」と侍が顔を上げる。

「いや、取ってきていいんだぜ、タオルか何か。」
「よい。とりあえずやってみる。」

 手の中で適当に泡立て、背中に延ばす。石鹸を持った手と、持たない長い指が滑らかにすべる感触に、
次元は身震いした。
 ヤバい。
 これは絶対ヤバい。
 もぞもぞ動くと、「じっとしていろ」と侍が一喝する。もう泣きたくなった。

「五右ェ門、あのな、やっぱり・・・・・・、おわ!」

 急に後ろから腋の下に手を入れられ、変な声が出る。

「やめろ・・・・・・、くく・・・・・・、五右ェ門・・・・・・!」
「洗っているだけだ、ちゃんと手を上げていろ。」

 ぬるん、と両手が胸の方へ滑り込む。胸毛のおかげで泡はよく立った。左右の突起をつるりと撫でられ
て、次元が息を詰める。特に気づいた様子もなく、五右ェ門は黙って腹の方へ石鹸を滑らせた。次元の
首筋に侍の頬が当たる。静かな息遣いが聞こえた。脇腹の辺りを手で上下され、微かに震える体が、少
しずつ前屈みになっていく。
 腰骨の方まで両手を滑らせた後、侍が動きをぴたりと止めた。

「・・・・・・五右ェ門・・・・・・、」

 次元の声に、妙な息が混じる。

「もう・・・・・・いい・・・・・・、後は・・・・・・、」

 まるでそれが合図だったかのように、侍はそこへ両手を滑らせた。

「うお・・・・・・ッ!」

 ビンビンに反り返っているそれをにゅこにゅこと撫で、もう片方の手が袋を揉む。もう次元の口からは、
明らかにそれと分かる息しか出なかった。

「やめろ・・・・・・、五右ェ門!」

 身をよじらせた瞬間。
 次元の腰に、確かにそれは触れた。
 熱い。

「・・・・・・!?」

 振り向くと、真っ赤な顔の侍と目が合った。瞳が潤んでいる。確かめる間もなく、五右ェ門は背を向けた。

「おい、五右ェ門。」
「・・・・・・。」
「見せろよ。」

 何を、と言いかけた侍の肩口に肘をかけ、強引にこちらへ向けた。凄まじく張り詰めた褌を確かめてか
ら、侍を見上げる。

「お前・・・・・・、いつからこんなにしてたんだ・・・・・・?」

 赤い顔がますます赤くなってゆく。次元の問いには答えず、五右ェ門は「お主が悪い」と目を伏せた。
睫毛の下で、切れ長の目が苦しげに揺らぐ。

「そうだな、俺のせいだ。・・・・・・それで?」

 どうする?と次元が囁く。食いしばった歯の間から、侍の掠れ声が漏れた。

「・・・・・・欲しい・・・・・・!」

 次元の笑みがかき消える。
 歯が当たるほど荒々しい口づけに必死で応えながら、五右ェ門は、上げっぱなしの腕がだるくないの
だろうかと、ふと思った。



     *






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