24日








 雪混じりの強い風が吹きつける中、後藤はミニパトに寄りかかり息を吐いて手を温めた。目の前では派
手な格闘戦が繰り広げられている。

「どぉおりゃあぁー!」
「くぉのーっ!」
「太田巡査、右後方の広場へ引きずり込みなさい!」
「巡査部長、発砲許可ぅをぉー!」
「ここをどこだと思ってるの!」
「野明、左だ、左足を決めればそいつは終わるぞ!」
「簡単に言わないでよね!」
「ぬぅぐぉわぁあぁー!」

 周囲から大歓声が上がる。この寒いのに、めかしこんだカップルの野次馬たちは増える一方だ。確か
に下手な映画よりよっぽどおもしろいわなあと思っていると、インカムを当てていない方の耳にズギョンズ
ギョンという音が聞こえてきた。後藤は無線機を取り上げる。

「あー、熊耳、篠原、早く済ませろよ。あと2機こっち来るぞ。」
「な・・・・・・!野明!」
「了解。太田巡査・・・・・・、」

 言い終えない内に暴走レイバーの1台が崩れ落ち、轟音が響いた。1号機は仕留め終えたようだ。

「こぉなくそぉおー!」

 バリバリベキベキという音と共に、太田機も相手の腕をひんまげねじ伏せた。

「よおおし次来おいー!」
「待て。」
「大田巡査、待ちなさい!」

 大田機は腕を振り上げたまま止まる格好となった。

「なんででありますかぁ!」
「太田さん、もうバッテリーがもたないよ!」

 野明が2号機と背中合わせになりながら叫ぶ。

「そゆこと。大田、ここは粘れ。」
「隊長、発砲許可をぉ!」
「駄目だ。こんな日に六本木の真ん中で発砲なんかしてみろ、お前も俺も明日から路頭に迷うぞ。」

 既に新しい2機が野明と太田をとり囲んでいる。

「太田くん、格闘を始めて途中でバッテリーが上がったら元も子もないのよ。威嚇して粘りなさい。」
「うぬぅぅ・・・・・・。」
「でも隊長、このままじゃ・・・・・・、」
「安心しろ泉、乙女のピンチには正義の味方が現れるもん・・・・・・、」

 後藤の言葉が終わらないうちに、取り囲んでいた2機が飛びかかった。

「だあー!」
「ありゃ、短気な人たちだねえ。」
「隊長、冗談言ってる場合じゃ・・・・・・!」

 突然後ろの野次馬たちがざわめいた。激しいブレーキ音とともに、凛と通る声が響く。

「1号機、2号機、起動!」
「了解!」

 勇ましく車から降り立つ靴音に振り向いた後藤は思わずニヤリとした。こりゃ正義の味方というより・・・・・・。

     男前な勝利の女神だね。

「なにニヤニヤしてるの?」
「メリークリスマス、しのぶさん。」
「ぶっとばすわよ。」
「すんません。よろしくお願いします。」

 第1小隊の2機が飛びかかる。突然2機を相手にすることになり、戦意を失った賊のレイバーが取り押
さえられるのにたいした時間はかからなかった。



     *



「まったく、クリスマスなんて考えた人間を吊るし上げてやりたいわ。」
「今日はずいぶんご機嫌だねえ。」

 あれだけいた野次馬は見世物が終った途端に散ってしまっていた。キャリアに格納されるレイバーの
方を向いたまま、しのぶが横目で後藤をじろりと睨む。

「言いたくもなるわ。毎年毎年この日は出ずっぱりよ。今日これで何件目?」
「4件目、かな。」
「うちは5件目よ。」

 ぷりぷり怒っているしのぶの鼻の頭が真っ赤だ。はっきり言って大変かわいい。

「ね、しのぶさんちょっと付き合わない?」
「え?」
「どうせ課に戻る前にまた出動かかるんだからさ。休憩ついでに・・・・・・、」

 ごにょごにょと耳打ちする。

「・・・・・・。」
「ね?」
「・・・・・・まあいいわ。」

 石和くん、と部下に声をかけ、

「5分したら戻るわ。少しお願いね。」
「はい。」

 先に立って歩き始める。後藤は後を追いながら5分かあ、とぼやいた。

「なにか?」
「いーえ、なんにも。しのぶさん、今日この後はどうするの?」

 しのぶに睨まれるのは今日これで2回目だ。なかなか悪くない。

「教えて欲しいわ。『今日この後』ってほんとにやって来るのかしら。」
「あ〜・・・・・・、まあ正確には『明日』かもね。」

 色とりどりのイルミネーション、笑いさざめき行き過ぎる人々。オレンジの制服で早足に歩く2人は明ら
かに場違いで、芝居じみてすらいた。通りを歩いてるサンタが何かにけつまづく。近くで花火が上がった。
しのぶの足どりが少し変わったのに後藤は気づいていた。
 お目当てのコンビニを見つけ、2人で入る。

「すいません。そこの肉まん全部ください。」

 後藤の言葉にしのぶは「ぷ」と吹き出した。今日初めて見せる笑顔だ。こっちはもっと悪くない。
 熱いお茶もしこたま買い込んで、2人は外に出た。

「ひどいお客ね。」
「そうかなあ、商売繁盛でいいじゃない。」

 後藤は今来た道へ戻らず、コンビニの裏手に回る。

「? 後藤さん、そっち・・・・・・、」
「近道だよ。」

 両手に荷物を持ってすたすたと歩く後藤に訝しみながらついて行くと、案の定裏手は行き止まりだった。

「どういうつもり?」
「うち来ない? 今夜。」
「あのね・・・・・・。」
「せっかくのクリスマスだしさ。」
「・・・・・・なんにも用意してないわよ。」
「分かってないなあ。しのぶさんがいいんだってば。」

 しのぶがまたふくれっつらに戻った。いい兆候だ。

「照れなくてもいいのに。」
「照れてないわよ。」
「2人とも今日はがんばってるしさ、ごほうび、いいじゃない。」

 しのぶは肩をすくめた。

「・・・・・・分かったわ。でも何時になるか分からないわよ。」
「もちろん♪ じゃ約束ね。」

 言うが早いか、後藤はしのぶの鼻の頭をぱくっとやった。

「・・・・・・!」
「手ふさがってて指切りできないから。」
「・・・・・・後藤さん・・・・・・。」
「しのぶさん、鼻真っ赤なんだもん。俺ケーキの苺は先に食べちゃう派なんだよね。」
「なんの話よ!」

 スタスタと歩き始めたしのぶを後藤は慌てて追いかける。

「しのぶさ〜ん、」
「もう行かない!」
「そんなあ〜。約束したじゃない・・・・・・。」
「知らない!」



     *



 思いがけない差し入れに歓声を上げる部下たちを見ながら、こういうのも年に1回くらいなら悪くないか
もね、としのぶは思った。後藤とは、『今日この後』までは口をきかないつもりだ。

 どこかで歌っている聖歌隊の声が聞こえた。






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