25日








 人通りはさすがに少ないとはいえ、街中にまだ余韻は残っていた。流れる光に誘われるように、ラジオ
から流れる古い歌をつい口ずさむ。

 Let it snow! Let it snow! Let it snow!

 くたくたのはずなのにね、としのぶは少し驚き、そして笑った。
 慣れた駐車場に車を停め、助手席から荷物を引っ張り出して灯りのついている窓を見上げる。

     やっぱり、何か用意しとくんだったかな。

 24時間営業のスーパーで買ったケーキはいかにも間に合わせな感じがしたが、仕方がない。
 エレベーターの中で先刻のことを思い出し、何て言ってとっちめてやろうかしら、と考えた。
 ドアの前に立つと、何やらいいにおいがする。チャイムを押すが早いか、中からどたどたという音が聞こ
えた。

「おかえり、しのぶさん。」

     そんなに嬉しそうな顔しなくてもいいじゃない。

 とっちめることも忘れ、思わず言葉に詰まってしのぶは「こんばんは」とごにょごにょ言う。後藤は相好
を崩した。

「やっと口きいてくれた。」
「・・・・・・・反省してる?」
「してますしてます。」
「嘘おっしゃい。」

 しのぶはケーキの箱を差し出した。嬉しそうに受け取り後藤はいそいそとしのぶを奥へ招き入れる。

「悪いねえ気ぃつかわせちゃって。」
「こちらこそ。何か準備してあるの?」

 いいにおいの正体がこたつの上でくつくつ湯気をたてていた。

「おでん?」
「そ。熱燗もつけてあるよ♪」

 変なクリスマス、としのぶは笑ってこたつに足を入れた。

「後藤さんおでんなんて作るのね。」
「簡単じゃない、煮るだけだし。」

 そうでもないだろう。前の日から下湯でしたり煮すぎないようにしたり、意外と手間がかかるものだ。蓋
を開け湯気の塊の中から現れたそれは、後藤にちゃんと面倒をみてもらっていたことを物語っていた。つ
やつやの大根をこっそりと味見する。

「あ、ずっこいの。」
「一口だけよ。」
「おれも。」

 熱燗で両手が塞がっている後藤にあーんをする。してしまってから照れているしのぶに、後藤がにやに
やしながらおちょこを渡した。

「ま、ま、一杯。」
「結局日付変わっちゃったわね。」
「メリークリスマス♪」
「お疲れさま。」

 きゅう、と飲み干すと同時に体の芯に温かいものが灯る。

「あ゛ーうめ。」
「・・・・・・おいし。」

 2人で息をつき、さっそくおでんに取りかかった。



     *



「おいしかったわ、ほんと。ごちそうさま。」
「どういたしまして。」

 皿を片づけながら後藤はしのぶの真っ赤な顔を眺めた。とろんとした目でしのぶは重ねた皿を持って
立ち上がろうとする。

「あ、しのぶさん、立たない方がいいよ。」
「大丈夫よ、片づけくらいやらせ・・・・・・、」

 言いながらふらついているしのぶを後藤は抱きとめて座らせた。

「危ないからほんと。座っててよ。」
「・・・・・・ありがと。」

 実際立ってみて相当酔っていることにしのぶも気がついた。目が回る。行儀悪いなあと思いながら、座
布団を枕に寝そべってしまう。

「しのぶさ・・・・・・、」

 台所から戻った後藤は苦笑した。

「疲れてたもんねえ。」

 こたつに入り、酒をちびちび舐めながら無防備なしのぶの寝顔に見入る。薄く開いた口からくうくうという
寝息が漏れていた。ほとんど無意識のうちに、真っ赤な頬へ手が伸びる。

「ん・・・・・・。」

 頬に当てられた手を握り返すしのぶの手が熱い。後藤の中で何かがずくん、と脈打った。
 握らせたまま後藤はそっとこたつから抜け、そのまましのぶのすぐ隣にもぐりこむ。
 後ろからしのぶの体を抱きしめた。
 豊かな黒髪に鼻をうずめる。しのぶが起きる様子はなかった。

     このまま朝まで、ってのも悪くないね。

 目をつむる。抱きしめた体から鼓動が伝わってくる。そのまま眠ろうとして、後藤はどうしようもない衝動
と闘っている自分に気づいた。

     中学生じゃないんだから、まったく。

 思いながら、しのぶの乳房に手をあてる。起こさないように、ゆっくり、優しく撫でてみた。やばい。やる
んじゃなかった。もうやめとけ、その辺にしとけ、と思いながらまさぐり続け、しのぶの髪を唇でかき上げ
てうなじに舌をあてる。

     あれ?

 しのぶの寝息が止まっている。

     しのぶさん起きてる?

 おそるおそる赤い耳をぺろりと舐めてみた。
 ぴく、としのぶの肩が動く。

「・・・・・・しのぶさん?」
「・・・・・・。」
「起きてます?」
「・・・・・・寝てます。」
「怒ってます?」
「・・・・・・。」
「ごめんなさい。」
「・・・・・・。」
「しのぶさん?」
「・・・・・・なに。」
「もう止まんないんだけど、おれ。」

 しのぶが囁いた。

「・・・・・・私も・・・・・・。」

 がば、と後藤は起き上がりしのぶの唇を塞いだ。
 空のお銚子がかこん、とこたつから落ちた。






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