「無題」第3稿








 
5月の太陽は、地上のすべてに等しく恩恵を注ぐ。
 場末の警察の裏庭も例外ではなかった。
 思わぬ姿を認め、後藤は
草を踏む足を止めた。
 
濃い土の匂いが立ちのぼる。出しかけた煙草をそのままにして、その光景に見入った。
 女は少し口を開けて、音も立てずに眠っている。顔にかかる木陰がかすかに動くたび、まつげの黒が
色を変えた。
 しばらく見つめてから、後藤は
静かに近づき女の傍らに腰を下ろした。膝を抱え、煙草を1本抜きかけ
ては戻して、飽かず女を眺める。

 蝶が、無音で飛んだ。

 ざ・・・・・・、と風が上がり、長い髪が頬にかかる。女が目を開く前に、後藤は視線を海に移した。

「・・・・・・後藤さん。」

 まだ、どこかさまよっているような声。海を見ながら「やあ」と応えた。
 しのぶが起き上がる。髪についた草をつまむ様子に、決まりの悪さが窺えた。

「悪いね、休憩中に。」
「・・・・・・。」

 作業が始まったのだろう、ハンガーの方から機械音が聞こえてくる。手慰んでいた箱からとうとう1本抜
き取り、
ライターを鳴らした。

「・・・・・・気、遣わせたかなと思って。」

「別に」と答えるしのぶの声が、風に半ばかき消される。

「・・・・・・少し、外の空気が吸いたくなっただけよ。」
「あ、そお。」

 無理もなかった。
 隊長室に戻ってきた同僚がいきなり壁を殴りつけたら、たいていの人間は外の空気を吸いたくなるだろ
う。誰もいないと思った更衣室から、しのぶがそっと出て来た時の気まずさといったらなかった。
 炎を守ろうとしてかざした手の甲が赤い。
 広がった煙が瞬時にかき消えるのを見届けてから、しのぶが笑みを漏らした。

「痛いんでしょう。」
「そりゃあもう。」
「自業自得よ。」
「後悔してるよ。」

 女が声を上げて笑い出す。後藤はあーあ、と寝転がった。

「似合わないことはやるもんじゃないねえ。」
「後藤さんのああいうところ、初めて見たわ。」
「びっくりした?」
   いいえ。」

 後藤が片眉を上げる。しのぶは少し慌ててつけ加えた。

「なんとなく、意外じゃなかったの。   変ね、よく知りもしないのに。」
「まあ、大人げのない人間だからね。」
「そうかしら。」

 しのぶは少し考え、結局「そうね」と頷いた。

「フォローしてよ。」

 後藤が睨むと、ふふと笑う。

「しかしいい場所だねえ、ここは。」
「気に入ってるの。」









【主な修正点】
・書き出しに苦労するのはいつものことである。今回の冒頭では、
  @天気がいいこと
  A場所が2課の裏手であること
  B後藤が歩いていること
  の3点を、なんとかすっきり説明したいと思って格闘している最中。
・後藤が壁を殴った件について、もう少し丁寧な説明を追加
・まだ付き合っていない2人であるということを表現するために、意外とか意外じゃないとかいう会話を追加






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