スナイパー






永遠に続くかと思われた石段の螺旋の果てに、ようやく光が射した。
狭い出口をくぐり抜けた五右ェ門を、眩しい光景と自由な風が迎える。

なるほど、花の都か。

地上では埃の色をしていた町並みが、ここから見下ろすとまるで色彩を変える。目を奪うのは屋根という屋根
の赤だった。ごちゃごちゃと、しかしある秩序をもって寄り集まる家並みは素朴ながら賑々しく、なぜか祝祭の
日を思い起こさせる。しばらく眺め、風に吹かれて汗も引いた頃、ここまで登ってきた目的を五右ェ門はようやく
思い出した。

袂から双眼鏡を取り出し、まずは目当ての建物周辺に焦点を合わせる。
イタリアが世界に誇る美術館だ。しかし今回問題なのはそこではなく、ターゲットの絵がとにかくでかいというこ
とだった。立案した本人は屋根に取り付き、今まさに大仕掛けを施さんとしている。作戦の決行は明日。今日の
ところは、作業中のルパンが見つからぬよう、地上84mの鐘楼から見張るのが五右ェ門の役目だ。地上は次元
が張っている。
周囲をぐるりと見回すと、大体の警備態勢は把握できた。世界に誇る美術館にしてはずいぶん暢気なものだ。
ただ、私服がうろついているとしたら少々厄介だった。
作業着姿のルパンがまだ屋根に付いているのを一度確かめてから、双眼鏡を近くの広場へと移した。

      あ。」

思わず声が出た。
黒い帽子の男が、カンバスを広げた老人の傍らに立ち、何やら話し込んでいる。次元だった。
老人の描いている絵を覗き込み、しきりに何か聞いている。興味のなさそうな顔をして、実はそういうのが嫌い
でないことを五右ェ門は知っていた。思わず笑みを漏らしてしまう。

これはよい。あやつから拙者は見えぬのだな。

ひとしきり話すと手を上げて老人に挨拶し、次元はその場を離れた。手持ち無沙汰な様子でぷらぷらと歩き、
帽子の露店の前で足を止める。絶対に買いそうもない帽子を楽しげに眺めるその姿に、道ゆく女が1人、意味
ありげな視線を送った。もてるというのはあながち嘘でもないらしい。両手をポケットに突っ込んだまま、全く気
付かぬ様子で次元は口笛など吹いている。
突然、走ってきた子供が脚に激突した。尻餅をついて泣き出す子供を起こしてやり、尻をはたいて次元は何か
言っている。泣きやまない子供に参ったなという顔をした後、帽子屋の親父に一言告げた。
テンガロンハットを頭に乗せられ、子供は現金にもニカッと笑って走り去る。頭を掻きながら、次元は親父に代
金を払っている。

自分が満面の笑みを浮かべているのに気づき、五右ェ門はぎょっとして双眼鏡を下ろした。幸い周囲に人はい
ない。息をつき、美術館とその周りをもう一度確認する。異常はなさそうだ。

自然、先程の場所にレンズが戻る。

少し離れたベンチに次元は座っていた。畳んだ新聞を片手に、いつの間に買ったのかコーヒーを飲んでいる。

こんな風にとっくりと男を眺める機会は、ついぞなかった。
髪が少し伸びたようだ。新聞を読みながら、目は時々美術館の方をさりげなくカバーしている。組んだ足が妙に
長かった。よく見ると昨日と靴が違う。
この男のどこが好きなのだろうか、と思うことがある。
仔細に眺めてみてもやはりその答えは分からなかった。分かるのは、こうして眺めていると何だか気持ちがい
い、ということだけだ。
五右ェ門は首を振った。あまり見ていても仕様がない。仕事に戻ろうと思ったその時。
新聞を下ろした次元と、目が合った。

いや、あちらから自分が見えているはずがない。

ニヤリと次元が笑い、帽子を押し上げた。
現れた目が五右ェ門に向かって、バチ、とウインクを飛ばした。

     

取り落とした双眼鏡が、首からぶら下がる。
よろめいてふらふらと後ずさり、五右ェ門は壁に寄り掛かった。

      不覚!

ズルズルしゃがみ込む侍を、隣の観光客が不思議そうに眺めた。



     *



丸1日立ちっぱなしというのは案外疲れるものだ。まだ飛んだり走ったりしている方がいい。
ジャケットを椅子に引っかけてから、何か酒でも、と次元は自室のドアを開けた。途端に男とぶつかりそうにな
る。

      よお、見張りお疲れさん。」
「・・・・・・。」

返事もせずに侍は突っ立っている。

「どうした、ほんとに疲れたのか?」

ドアを閉め一歩前へ出ると、五右ェ門は一歩下がった。

「・・・・・・五右ェ門?」
「ちょっと      、今、寄るな。」

息を詰めて下を向いている。訳が分からなかった。

「なんだよ。」
「今はならぬ。」

一歩近付くと三歩後ずさる。怒ってるという訳でもなさそうだが、なにしろ挙動がおかしかった。何かしたか?と
頭を巡らせ、はたと思い当たる。

「・・・・・・まさかと思うが、昼間のあれか?」
「そんな訳がなかろう。」

即答だった。
弾かれたように上げた顔が真っ赤だ。

「〜〜〜〜!」

胸を押さえ次元は呻いた。

「〜〜〜まったくもうお前は! ちょっと来い!」

むんずと手を掴まれた侍が、途端に暴れ出す。構わず部屋に引き入れた。
バタン、と閉じたドアの中から、「じ、次元!」と声が響く。どたんばたん、という物音がしたのも束の間、部屋の
中はすぐに静かになった。

やがて、微かな喘ぎ声が聞こえ始めた。



     *



「・・・・・・まったく、勘弁してくれよ。」

うつ伏せて、裸の背をゼイゼイと上下させながら次元が言う。隣で同じくうつ伏せていた五右ェ門が、「拙者の
台詞だ」と跳ね起きた。

「大体なんだ、昼間のあれは。よいかお主、もう二度とやるな。」
「なんだよ、やっぱりあれが効いたんじゃねえか。」

ニヤニヤする次元の背に、五右ェ門がどん、と乗る。斬鉄剣を顎に当て、侍は凄んでみせた。

      二度とやらぬと言え。」
「・・・・・・分かったよ。」

二度としねえ、と誓った。侍はまだ背から降りない。

「・・・・・・五右ェ門?」
「・・・・・・。」

刀がす、と外された。
小さな声がした。

「・・・・・・ごくたまになら、よい。」
      。」

こいつは一体、何度俺を撃ち抜いたら気が済むんだ。

ガバ、と起き上がり、ずり落ちた愛しい男に、再び次元は襲い掛かった。











とあるバトンで妄想ネタを漏らしたところ、「SSが読みたい!」との要望をいただいたので、書いてみました。リク
エストありがとうございました!

バカップルです(^−^)。
誰が一番バカってオレです(^−^)。

なんと「BLACK PEPPER」のyokiじろたんさんが、この作品に挿絵を描いてくださいました! yokiじろたんさん、
ものっそい嬉しいサプライズをありがとうございます! yokiじろたんさんの挿絵は → こちら






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