帰還
午後三時の呼び鈴に、薄いまどろみは破られた。顔の上に伏せた雑誌を取り、表に出る。
「ずいぶん早かったじゃねえか、ル 、」
開けたドアの向こうに立つ男を見て、次元は絶句した。男も次元を見るなり固まっている。我に返り、先に声を掛けた。
「 よう。」
「 うむ。」
目を伏せ頷く侍を、次元はまじまじと見た。不審者扱いされずによくここまで辿り着けたものだ。
半年振りに会う男は、別人のようだった。
伸び放題の髭と髪が、ごわごわに固まって顔に張り付いている。その顔が浅黒く見えるのは、陽に焼けたためか薄汚れて
いるからか、一目では判別できなかった。落ち窪んでかさかさの目に浮かぶ警戒の色が、どことなく山犬を思わせる。どん
な修業をしてきたのか、想像するだけ無駄だった。どうせ人間の理解の域を越えているのだ。
「 御免。」
それだけ言って、侍が横をすり抜ける。とっさに触れようとして伸ばした次元の手に、生木を裂くような空気が走った。
「!?」
気圧されて思わず一歩下がる。侍が無造作に足を止めた。
「風呂を、借りる。」
触れる者を皆殺しにしかねない気合いに満ちているくせに、吐き出す言葉はやたら呑気だった。心なしか口調もまだたどた
どしい。
「 そうしな。」
肩をすくめて次元は手を振った。しばらく時間がかかりそうだ。
こいつはまだ、人間に戻ってねえ。
*
バスルームの扉を閉め、五右ェ門は途方にくれた。まず、何をするのだったか。
ボロ屑のような着物をとりあえず落とし、シャワーの下へ歩み出す。久しぶりに見る蛇口に手を伸ばしてから、ためらった。
右に捻るのだったか、左だったか。
苦労してやっとシャワーから湯を出し、しぶきの中に頭を突っ込んだ。こわばりきった髪の隙間を伝って、熱い湯が地肌に
浸みとおる。
ふううう、と長い息を吐いた。
ささくれた体を湯気が包む。ひからびた皮膚が息を吹き返す。
気を失ってしまいそうな脱力感の中、ふと煙草の匂いが鼻を掠めた。
つい今しがた、それを嗅いだ。
突然、体が浮き上がったような気がして、五右ェ門は慌てふためいた。何だ、これは。
たった今蘇ったばかりの細胞が、ざわついている。湯に打たれているのに、体中が粟立っている。
何を考えているのだ、一体。
心とほとんど関係なく高揚する我が身を、五右ェ門は叱り飛ばした。
まだ、体の洗い方もロクに思い出せないというのに。
*
バスルームから出た侍が、ぎょっとして足を止めた。無理もない。ドアの前に張り付かれてたんじゃ、誰だって驚くだろう。
「 何をしている。」
「別に。」
うそぶいて腕組みしたまま、次元はただ五右ェ門を見た。本当に、何をしているんだろうと思う。
ほかほかと湯気を上げる侍は、先刻よりは大分ましになっていた。髭もあたったようだが、伸び放題の髪はまだボサボサの
ままだ。肌が浅黒いところを見ると、やはりかなり日に焼けたらしい。
視線から逃れるように、五右ェ門が少し身を引いた。やはりどこか警戒している。次元が足を踏み出した途端、「ルパンは」
と問うた。
「香港、だったかな。何か用があったのか。」
「・・・・・・ない。」
目をぎらつかせて、唸るように言う。あと一歩でも近寄れば喉笛を食いちぎられそうだ。こりゃあダメだと次元は笑った。
「ひでえツラだぜ。何か食って早く寝ちまいな。」
返事もしない侍を後に残し、部屋に向かった。
*
人間というのはこんなに、無駄なものを作る生き物だったか。
キッチンに並ぶ器具の数々を眺め、五右ェ門は今日何度目かのため息をついた。
のろのろと体を動かし、手近な鍋を掴む。あの男の言うとおり、何か滋養になるものを体に入れた方がいい。
まともな食物を口にしない生活でしなびてしまった味覚でも、まだ覚えている味があった。
みそ汁が飲みたい。
ごそごそと戸棚を探すと、果たしてそこに昆布とかつぶしはあった。ルパンの配慮だと思う。
愛刀一閃、透き通るほど薄く削がれたかつぶしが宙を舞う。ふわりと広がる匂いに腹が鳴った。
熱湯に放り込んだ昆布を引き上げようとした時だった。
肘が取っ手にあたった。
ガシャーン!
「・・・・・・。」
もうもうと湯気を上げる床を、五右ェ門はさしたる感慨もなく眺めた。しばらくしてから、拭くものは、と辺りを見回す。
「何やってんだ、お前は。」
顔を上げると、呆れ顔と目が合った。入口の柱にもたれた次元が「怪我は」と問う。
「ない。すまぬが、雑巾か何か・・・・・・、」
「まず火を止めろ。」
諦めたように言って、次元は入ってきた。
そうか、火を 、
頭を巡らせた五右ェ門の背後から、コンロの方へ男が手を伸ばす。
また、あの匂いがした。
頭の中が、ぐらりと揺れた。
腕を、掴んでいた。
「ご・・・・・・!?」
素っ頓狂な声を上げ、次元が硬直する。
男の首元に鼻を埋め、ああ、これだと五右ェ門は思った。
抱いた体の熱が、懐かしいこの匂いが、一瞬で全てを呼び覚ます。
突き上げる衝動に任せて、首筋に食らいついた。
ぎゃー、と悲鳴が上がった。
*
振りほどかれた五右ェ門の、長い前髪が乱れて揺れた。赤い顔で唇を拭い、ぼそ、と問う。
「 何だ、いきなり。」
「こっちのセリフだ! 殺す気か!」
噛まれた首筋を拭った手に、点々と血がついている。見せてやるとぽかんと眺め、「・・・・・・そうか・・・・・・」と侍は呟いた。
まだだ、と次元は頭を抱える。
まだ戻って来てねえ。
「すまぬ、じげ 、」
「いいから来い。」
腕を掴んで引っ張った。踏み込んだ出汁の海が、びちゃ、と跳ねを上げた。
自室の灯りはつけなかった。今は暗い方がいい。
本能で動け、五右ェ門。
ベッドに押し倒すつもりが引き倒された。胸倉を掴んだまま、侍が深く口付けてくる。
本当に、これがあの五右ェ門なのか。
久しぶりに触れる恋人の唇にのめり込みながらも、次元はたじろがずにいられなかった。荒々しい接吻を繰り返す侍が、次
元の背も髪もめちゃくちゃにかき乱す。顔を離すと、ふーっと声を上げた。威嚇してるんだか発情してるんだか分からない。
苦笑して着物をひっぺがし、首筋に吸い付いた。
「うくぅ!」
妙な声と共に飛び上がり、侍がのた打ち回る。構わず押さえつけ、吸い続けた。
「次元、・・・・・・ちょっと待て、まだ、」
「まだ何だ?」
唇を移して鎖骨を吸い上げる。派手な音が、もっと派手な声に掻き消された。侍の暴れ方が尋常でない。
「まだ、駄目だ、せっしゃ、」
「お前、ひょっとして・・・・・・、」
「うううう!」
左右の乳首をきゅ、とつまむと、侍の背が30センチは跳ね上がった。間違いない。
久しぶり過ぎるのだ。今の侍は死ぬほど敏感になっている。
「頼む・・・・・・、もっと、ゆっくり 、」
「断る。」
涙目で懇願する侍を見据え、口を大きく開けた。そのまま唇を胸板に付け、乳首に舌を当てる。
強く吸った瞬間、ふううう!とまた威嚇音を発し、侍が肩を掴んだ。いたぶるほどに突起は固く尖り、指が肩に食い込んでゆ
く。いてええ!と叫び出したいのを次元は必死でこらえた。
今のこいつに手加減しろと言ったって無理だ。まったく、と呻く。恋人一人抱くのも命がけだ。
腹を括って、侍の下腹部に手を伸ばす。ひと撫でして、仰天した。
「・・・・・・お前、もうイったのか!?」
「うるさい。」
ぐりん、と五右ェ門が向こうを向く。少し眺めてから、次元は吹き出した。裸の背にキスして、抱きすくめて囁く。
「なあ、五右ェ門。」
「うるさい。」
「そんなに気持ちいいのか。」
「・・・・・・。」
ぐりん、と侍が向き直った。ためらった末、口を開く。
「・・・・・・お主、しばらく会わぬ間に何かあったのか。」
「なんだそりゃあ。」
「何だか分からんが前と違う、気がする。」
「・・・・・・。」
突然、次元は起き上がった。着ているものを残らず引き剥がされ、侍が悲鳴を上げる。
「次元!」
「確かめようぜ、五右ェ門。」
顔を近づけ、低い声で囁く。
「・・・・・・誰の、何が変わったのか。」
「・・・・・・。」
人差し指で撫でた侍の腹が、ひくんと動いた。
改めてその体躯を次元は眺めた。以前より締まって、いたる所にたくましい筋が浮き出ている。
「ずいぶん鍛えたな。」
見覚えのない隆起に舌を這わせると、触れたそばから小刻みに震え始めた。臍の形まで変わった気がする。硬い腹を、筋
肉の付いた腰骨を、唇で確かめては強く吸い、痕を残していった。侍の震えがどんどん激しくなる。
「お前、また褌一丁で修業してたろ。」
笑みを含んだ次元の問いに、息も絶え絶えの侍が「な・・・・・・ぜ・・・・・・」と返す。足を掴み、がば、と開いた。
「めちゃくちゃエロいんだよ、ここが。」
さらけ出されたそこだけが生白い。反り返った愛しい部分が以前と一緒で、少し安心した。慈しむようにちゅぽ、と口に含ん
だ瞬間、
「〜〜〜〜〜!」
侍の手が、激しく空を掻いた。
熱いものが勢いよく放たれる。
よく見えるように口を開け、手の平に全部垂らしてみせた。
「すげえな。」
「・・・・・・次元・・・・・・、お主・・・・・・、」
まだびくびくと身を震わせながら、五右ェ門が呻く。
「ん?」
「・・・・・・何か術でも使ったか。」
「ぶっ、」
腹の底から笑い出した次元に、侍は食ってかかった。
「何がおかしい!」
「いや・・・・・・、そうだな、使ったのかもな。」
顔色を変える侍の両脚をぐいと引き上げた。久しぶりに見る穴を、指で拡げながら聞いてやる。
「まだ分かんねえか、五右ェ門。」
「なにが分 、・・・・・・ ぁ !!」
訝しげな声が、ちゅう、という音と共に、色めいて裏返る。愛しいすぼみにキスを繰り返しながら、会いたかったぜ、と囁いた。
こちらを見る侍と目が合った。
手の平の液を穴になすりつけ、そのまま弧を描くように優しく揉んでやる。侍の息が明らかに激しくなった。
手を取り、しっかり握った。熱い奥へと指をねじり込んだ。
「・・・・・・!」
繋いだ手がへし折られそうだ。
痛いか、と聞こうとして次元はやめた。陶然とした顔を見たらもう分かった。
一番響く場所を中で強くこすりながら、別のことを聞いた。
「なあ、五右ェ門。」
侍が、朦朧とした目をこちらに向ける。
「お前、俺のこと忘れてたろ。」
「・・・・・・。」
ほんの一瞬、視線が逸れた。
まあ、いいさ。
指を引き抜き、腰を高く持ち上げる。間髪を入れず貫いた。
「・・・・・・!」
侍の声は、もう出ないらしい。
気持ちいいとかよくないとか、どうでもいい。
何度も何度も出入りして、教えてやる。
押さえ付けられ、ほとんど二つ折りのような格好になった侍が、苦しげに不規則な息を繰り返す。腿の裏側もふくらはぎも
前より筋張って、これが五右ェ門なのかと何度も思う。
黒髪の上で暴れる足首を握り、顔を近づけた。確かめるように唇を重ね、喉の奥まで舌で侵す。
薄く開いた侍の目が、次元を見つめている。
思い出している。
掠れた声が、「すまぬ」と言った。
「・・・・・・。」
答える代わりにす、と顔を離した。下半身を更に引き上げる。胸に膝が付くほど深く倒し、激しく腰を振った。
何か言いかけていたのを封じられ、シーツに頭を擦りつけて侍が悶える。めちゃくちゃに揺れる足の裏が白かった。
大きく広げた股の間、次元を受け入れ拡がってはすぼむ穴から、白い液が溢れ始める。
侍の目の前で、昂ぶった侍のものが、ちぎれんばかりに揺れ続けている。
あられもない姿で揺さぶられながら、顔を歪めて侍がこちらを見た。声も出ないくせに口だけ開く。
色々言いたいことがあるのだろう。知らず次元は微笑んだ。
そんな顔するな、五右ェ門。今はただ、感じてりゃいい。
俺もちょっと、今は何も 、
急に駆け上がってきた絶頂感に耐えかねて、獣のように腰を打ちつけた。派手な音が上がるたびに、侍の長い脚が激しく
揺れる。
くる、と思った瞬間、狭い尻穴がひぐひぐひぐ、と痙攣した。
侍もキたらしい。ぎゅっと瞑った目から、涙がボロボロ零れた。
イっちまえ、五右ェ門 !
体を前に倒した瞬間、獣のような咆哮が上がった。びくんびくんと弾けながら、侍が快感をほとばしらせる。
さらけ出した喉に、歯を食いしばる泣き顔に、白い液が勢いよく飛び散るのが見えた。
脳天に光が満ちて、真っ白になった。
*
ずにゅる、と抜いた途端、力を失った両脚がベッドに投げ出された。
精液まみれの顔を拭おうとする侍を制し、次元は舌を寄せた。侍が顔を背ける。恥ずかしいのだろう。
「よい、自分で・・・・・・、」
「いいから。」
もぞもぞする侍を「こら、動くな」と叱りながら、舌で舐め取ってやった。終わると侍が、目を伏せたまま唇を寄せてくる。
「変な味すんだろ」と聞くと、「うむ」と頷き少し笑った。
「・・・・・・どうだ、だいぶ思い出したか。」
唇を離し、次元は尋ねた。背に回した腕をきゅうと締めて、「お主は変わらんな」と侍が呟く。
「お前が変わり過ぎなんだよ。すっかり人間離れしやがって。」
「全てを無にしなければ、修業にならんのだ。」
「よくまあそんな簡単に忘れられるな。」
「簡単、に?」
がば、と侍が身を離す。穴の空くほど次元を見つめ、ようやく言った。
「・・・・・・拙者が、どれだけ苦労してお主を・・・・・・、」
はっ、と侍は押し黙った。向こうを向きそうになるのをとどめて、「五右ェ門」と覗き込む。
「そんなに大変だったのか、俺を、」
「言っておらん。自惚れるな。」
「へいへい」と言いながら、力一杯抱き締めてやった。耳の後ろで、侍が熱い息をこぼす。頬ずりして囁いた。
「会いたかったぜ。」
「・・・・・・。」
侍はしばらく考えている様子だった。
突然胸に顔を押し付け、もごもご言う。
「 そういう、こともあった。」
充分だ。
引きはがして、赤い顔にキスをした。
侍が人の声で「じげん」と呼んだ。
じろたんさんから、「ゴエのセルフ顔射が読みたいです!」というものすごく直截なリクエストをいただきました(^−^)。
セルフ顔射って、自分でしごいて自分にかけちゃうことかと思ってたんだけど、そうじゃないんですね! 教えていただい
たところによると、「正常位でヤってて、そのとき下半身をめっちゃ持ち上げられててですね、膝が胸につくような体勢で。
で、貫かれてトコロテンで自分の顔にかかっちゃう、っていうやつ」なのだそうです。なるほどー! ご指南ありがとうござい
ますじろたん先生(^−^)!
という訳で書いてみました。五右ェ門って、修業の時は次元のことを頭から追い出そうと必死で努力して、そんで本当に
忘れると思うんですよね。次元もそれでいいと思ってる。そういう二人が好きです。
そしてなんと、「BLACK PEPPER」のじろたんさんが、挿絵を描いてくださいました! まさかのあのシーンです(^−^)。
じろたんさんありがとうございます! じろたんさんの挿絵は → こちら
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