レア
ノックの音に仕方なくドアを開けた。
「入ってよいか。」
駄目だと言ってもどうせ聞かないのだろう。開け放したまま、黙って次元は窓の方へ戻った。置きっぱなしだったグラスを取
り、また酒を注ぐ。
「 ひどい部屋だな。」
床に散らばる本や衣服の隙間を縫って、五右ェ門が入ってくる。中央に立ち、呆れたように部屋を見回した。
「何しに来た。」
酒のせいで、掠れたような声が出る。
「お主だったのだな、あれは。」
「何の話だ。」
息をつき、侍は椅子を引き寄せた。きちんと座り、「とぼけずともよい」と言う。
「コーンウェル氏の遺族は何も気づいておらぬ。神様の思し召しだと喜んでおった。」
「ふん。」
鼻を鳴らし、グラスを空ける。
「ちっと甘過ぎるんじゃねえか、その神様とやら。」
「優しいのであろう。」
五右ェ門が笑う。タン、とグラスを置き、次元は顔を上げた。
「何しに来たんだ、お前。」
「・・・・・・そうだな、」
一瞬、侍は考えるような顔をした。
「顔を見に来た。」
「帰れ。」
「コーンウェル氏は裏切者だ。」
はっきり放たれた言葉にぎくりとした。五右ェ門が続ける。
「お主はなすべきことをした。違うか。」
「・・・・・・。」
背を向け、次元は「違う」と呟いた。
「俺は、恩人を撃った。」
「そうだ。・・・お主が、生きるために、だ。」
ことさらにゆっくりと、五右ェ門が言う。
長い沈黙が続いた。
殺した男の顔がまた浮かぶ。掻き消そうとして酒瓶に手を伸ばした。侍が再び口を開く。
「何をしに来たかと尋ねたな、次元。」
「・・・・・・。」
「拙者はお主に惚れ直した。」
「 ?」
思わず振り返る次元に、侍は笑みを見せた。
「それだけ言いに来たのだ。 御免。」
椅子から立ち上がり、侍がドアへ向かう。
バタン、という音と共に、再び部屋は静まり返った。
*
ベッドに入り、侍は目を瞑った。意識を闇に馴染ませてしまおうとしばらく努力した後、とうとう口を開く。
「 いつまでそうしているつもりだ。」
音もなくドアが開いた。
声を掛けなければ朝までそこにいたのかもしれない。ドアの向こうで男は黙りこくっていた。網戸から入る風が入り口へ抜
けて、カーテンがせわしなくはためき始める。
「入るなら入れ。落ち着かぬ。」
「・・・・・・。」
のっそりと入ってきた男の足が、ベッドサイドまで来て止まる。顔も上げず、次元はただそこに立っていた。
ため息をついて五右ェ門は起き上がる。
特に言うこともないので、枕を背にあて、欠伸をした。風がやみ、カーテンが静かに下りてゆく。
「 座っても、いいか。」
男がぼそりと呟いた。
「・・・・・・。」
黙って空けてやった場所に、スプリングを軋ませて次元が腰かける。丸めた背に向かって、声を掛けた。
「煙草はあるか、次元。」
「ねえ。」
「そうか。」
風が入った。レースのカーテンが持ち上がる。
次元の背が、ふいに動いた。
侍の方を向いたかと思うと、もそ、と肩に頭を乗せる。
「・・・・・・。」
重みは少し新鮮だった。男の頭頂部を眺めてから、五右ェ門は広がるカーテンに目を移す。隙間から、月が見えた。
「・・・・・・なんにも、しねえから。」
しおらしい声で男が言う。つい、く、と笑った。
「なんだ、それは。」
「別に。」
五右ェ門に寄り掛かる男の重みが、じわりと増す。しばらくそのままにして、そよぐカーテンを目で追った。
「 次元、」
風が止んだ。体を少し押し返すようにして、五右ェ門が口を開く。
「なんだ。 重いか?」
身を離そうとする次元の顎を掴んだ。
唇を、掠め取った。
「 な 、」
心底意外だったらしい。言葉も発せず、次元が口に手をやった。少し笑って、男の頭を掻き抱く。再び肩に乗せてやった。
「たまにはよいものだな、甘えられるのも。」
「・・・・・・誰にも言うなよ。」
「さて、どうするかな。」
また、カーテンが舞い上がった。
ジゲゴエ本「THE LAST JOB」に私が書いた話がきっかけで、じろたんさんが「ゴエに甘える次元は萌える」とおっしゃった
のです。私も激しく萌へてしまいました(^−^)。そういう訳で書きました。
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