おしおき








「フランチェスカ殿はそんな女子ではござらん。」

出たよ、という言葉を飲み込み、ルパンはそっとため息をついた。
ソファの向こう、黒ずくめの相棒は、頭の上で腕を組んだままだんまりを決め込んでいる。加勢は期待できそうになかった。
仁王立ちの五右ェ門を見上げ、ルパン一人で虚しい説得を続けてみる。

「いや、オレも信じたいけどね。なんせあ〜んなカワイコちゃん・・・・・・、」
「顔の造作は関係ござらん。」

侍の言葉はにべもない。嘘つけお前結構面食いだろうが。
言っても詮ないことは言わずにおき、ルパンはとうとう両手を上げた。

「・・・・・・分かった。まあがんばってこいや。」
「うむ。」

短く答え、侍が踵を返す。最後まで次元の方は見なかった。



「・・・・・・いいのかよ、止めなくて。」

パタン、と閉じたドアを眺め、ルパンが尋ねる。ぴくりとも動かず、次元は一言「無駄だ」と言った。

「悟ってんのねえ。」
「フン。」

やはり次元は微動だにしなかった。



     *



ナポリの風は脳天気だ。
路地の匂いと潮の香りが肌にまとわりついて、うっとうしかった。きつい陽射しを避け、背を丸めて埃っぽい壁沿いを歩く。ほ
とんど下着姿同然のカップルが、すれ違いざま頭をくるくると回してみせた。そりゃこの開けっぴろげの町に黒い背広は、さ
ぞかし場違いだろうさ。

フン。

死んでも脱ぐかと独りごち、高架をくぐった。濃い陰を抜けた先に、サンタルチアの青が広がる。
汗を拭い、帽子を目深に被り直した。溢れんばかりの光に、いま用はない。埠頭のベンチに腰掛けて、煙草を取り出した。


ルパンはもう発ったろうか。
海と同じ色の鮮やかな空に、飛行機雲が掻き消されそうになっている。あの脳天気な風がまた吹いて、背広を少しだけ膨ら
ませた。
胸に入れた煙が、うまく出ていってくれない。火のついた煙草から、灰だけがぽとり、またぽとりと落ちた。

      ああなったら何を言ったって無駄だ。

もう何百回も浮かべた言葉を、また繰り返す。騙されているとかいないとか、あの侍には関係ない。女のためでなく信念の
ために発ったのなら、止める理由はどこにもない。誘惑されて酷い目に逢うとしてもそれは侍の責任で、だからこの話はも
う終わりだ。
煙草を揉み消し、空を仰いだ。      それで俺は。
いつまでここにこうしているつもりだ。

かもめがのんびりと弧を描いた。



     *



今にもしたたり落ちそうな朱いしずくをたたえて、巨大な太陽が沈んでゆく。まがまがしいような赤をぼんやり眺め、機械的
にポケットへ手をやった。空だと気づき、それがもう何度も繰り返された行為だと思い出す。
くそ、と呟き立ち上がった。海に背を向けて歩き出す。
足は、すぐに止まった。

「・・・・・・早かったな・・・・・・。」

気の抜けたような声が出る。
木陰から現れた侍の表情は、夕陽の陰になってよく見えなかった。編笠を下ろし、ボソリと言う。

      早く済んだ。」
「そうか。」

肩をそびやかし、歩き出した。侍が後ろをついて来る。いつからそこにいたのか、聞こうとしてやめた。



陽が落ちた後のこの町は、手の平を返したように底冷えし始める。暗い石畳を黙って歩いた。
アジトの前に着いた瞬間、

      すまなかった。」

背後の声に、次元は振り返った。

「謝るようなことしたのか。」
「・・・・・・いや。」
「だったら詫びるこたねえ。」

鍵を探る次元の手元に目をとめたまま、侍が言う。

「・・・・・・修業が足りぬ。」

そうだな、とは言わなかった。

「だが、二度とせぬと約束はできん。」
「分かってるさ。」

ドアを開け、侍を見た。

「愛してるぜ。」
      。」

暗い室内に入る。侍はまだ外に突っ立っていた。「どうした」と呼ぶと、困惑したように顔を上げる。

      何と返事してよいか分からん。」
「・・・・・・。」

「だろうな」と次元は笑った。

「入れよ、五右ェ門。」
「・・・・・・。」

逡巡の後、侍が室内に足を踏み入れる。腰を抱いて引きずり込んだ。
閉じたドアに体ごと押し付け、顎を軽く持ち上げてやる。覗き込んだ瞳が惑って揺れた。

      キスくらいしたか。」
「・・・・・・。」

こういう時に嘘のつけない男だ。顔を背け「された」と小さく答えた。

「・・・・・・ふーん。」

ああもう・・・・・・、

「じ」と言いかける唇を覆うように塞ぐ。頼むから、と念じた。
頼むから、こんなみっともない気持ちにさせないでくれ。
逃げる舌を絡め捕った。胸苦しい何かが込み上げてくるのを感じながら、そっと舌の先を舐めてやる。しなやかな黒髪に手
を伸ばし、何度も何度も撫でた。侍がぎゅっと目を瞑る。耐え切れぬように顔を外し、切羽詰まった声を出した。

「・・・・・・っ優しくするな、次元・・・・・・、」

「悪いな」と囁いた。

「そういう気分なんだ。」
「・・・・・・。」

侍の唇が歪む。叱られる前の子供のようだと思った。黙って肘をとり、奥の部屋へ連れていく。

「いや、拙者・・・・・・、」

手を引き抵抗する侍をじっと見た。

「・・・・・・来てくれ。」
      。」

どうしてこんなに優しい声が出るのだろう、不思議に思った。



     *



ドアを閉め、ネクタイを解いた。袖のボタンも外しながら、立ち尽くす男を見やる。

「・・・・・・。」

視線に促され、侍がため息をついた。
黙って袴の帯を解き始める。しゅる、ぱさ、という布擦れの音が重なった。
すべて落とした侍の、無防備なそこが頼りなく揺れている。自分も似たようなものだった。す、と近づくと侍が目を伏せる。
赤い頬に、軽くキスをした。

「・・・・・・?」

いきなり押し倒される覚悟だったのだろう、侍が訝しげに目を開ける。

      瞑ってろ。」

瞼に接吻して閉じさせた。手は使わずに唇だけで、侍の体に触れてゆく。

ちゅ・・・・・・、ちゅ・・・・・・、ちゅ・・・・・・、

首筋に、胸に、乳首に、脇腹に、ついばむようなキスを残した。目を瞑り突っ立ったまま侍が、喉をんく、と鳴らす。まだ残っ
ている褌の跡を、陰毛の繁みを、唇で軽く湿した後、次元はそこで動きを止めた。口を開け舌を突き出して、目の前のもの
をじっと見つめる。

「・・・・・・?」

不意に止んだ愛撫に、侍が薄目を開けた。

      瞑ってろって、言ったろ。」
「!」

光景を捉えた目が驚愕に見開かれ、すぐにつぶられる。今にも舌で嬲られそうになっている一物が、半勃ちのままひくひく
と震えた。
次元は、動かなかった。
物音一つしない部屋を、無言のせめぎあいが圧してゆく。
次元の舌先から一筋、二筋、雫が落ちた頃。
半ば下を向いていたものが、微かに、持ち上がった。

「・・・・・・。」

侍の口が薄く開き、細い息を吐き始める。舌を突き出したまま、次元は凝視し続けた。
ぐ、ぐぐ。
高ぶりはもう止められないらしい。
侍の顔は真っ赤だった。見られているだけで勃たせつつある自分に、今にもされそうになっていることへの予感に、抗おうと
して悶えている。とうとう完全に勃起してしまったその先端から、透明な液がくぷ、と盛り上がった。みるみるうちに膨らんで
ゆく。

「溢れてきたぜ。」
「・・・・・・っ・・・・・・!」

荒い息と共に、侍の腹が激しく上下する。

「じ、げん・・・・・・!」

切迫した声に「ん?」ととぼけてやると、目を瞑ったまま侍が、白い腰を微かにくねらせた。

「・・・・・・!」

なんていやらしい眺めなんだ。
ぎゅん、と音を立て、体中の血が下腹めがけて巡り始める。震えている脚を掴み、内股を思いっ切り吸い上げてやった。

「〜〜〜〜っ!」

唇を強く噛み、侍が声を抑える。立ち上がり、次元は囁いた。

「目、開けていいぜ、五右ェ門。」
「・・・・・・?」

曖昧な顔で侍が目を開ける。次元を見て切なそうに何か言いかけ、それからやめた。
分かっている。今日の侍は、どうして欲しいなんて死んでも言えない。
固く結ばれた唇にキスしてやった。
ベッドへ促すと、神妙に横たわる。ひょっとしたら、これを責め苦か何かと受け止めているのかもしれなかった。まったく、と
笑う。
俺までそんな気分になるじゃねえか。
手を伸ばし指の腹で乳首を撫でた途端、侍が顎をのけ反らせた。あっという間に尖りきるその感触に、少なからず次元は驚
く。侍が震えている。感覚が開ききっている。

「・・・・・・。」

少し押し付けるようにして両方の先端をくりくりとこねてやると、とうとう喘ぎ声が漏れ始めた。

「・・・・・・気持ちいいか、五右ェ門。」

侍がかぶりを振る。そんなことを言うのは許されないと思っている。苦笑して指を離し、突起に唇を押し当てた。

「・・・・・・!」

強く吸った瞬間、侍の両手がシーツを引き掴んだ。いつもならしがみついてくるその手が、今日は決して次元に触れようとし
ない。それも自分なりの戒めなのだろう。いいけどな。いいけど。舌でいたぶり、吸い続けた。侍の声が、上り詰めたままと
めどなく漏れ続ける。我ながら少し執拗だなと思い、それでも次元はやめることができなかった。さんざんに嬲り尽くして唇
を離した頃、侍はむしろ静かになっていた。もう声も出ないらしい。

まだ一度も触れていないそこは、哀れなくらいに張り詰めていた。だらしなく液を垂らし続け、時々ひくん、ひくんと乞うように
うごめいている。素通りして、両脚を大きく開かせた。腹のくぼみに溜まった液だけを拭い、指でこじ開けたつぼみにゆっくり
塗りつける。侍の腰が切なげにうねった。

まだだ。まだ我慢しろ。

侍ではなく自らに、何度も言い聞かせる。つぼみに舌を当ててゆっくり動かした。

「・・・・・・っ・・・・・・!」

もう抑えることができないのだろう、侍が息を荒げ、膝を上げる。引き寄せた足が、シーツを掻き乱した。
少しずつ、少しずつ差し入れた舌を完全に納めきっても、侍のうねりはやまなかった。
一言も発せずただ快感と闘う侍の、秘めた内奥だけがはしたなく次元を求めている。応じるように中を乱暴にこね回すと、
「・・・・・・おぁぁ・・・・・・」と、達した時のような声が上がった。こいつまさか、と舌を抜き前を確かめる。達してはいなかった。
やおら侍が起き上がる。

「どうした?」

問い掛けに答えず、侍は膝をついた。
黙って四つん這いになり、脚を広げて腰を高く上げる。

「・・・・・・!」

イクかと思った。

シーツにがくりと手をつき息を整える次元を、侍が振り返る。眼差しが全てを告げていた。絶対に言わないだろう。そしてい
つまでもそうしているのだろう。
この野郎。
腰に手をあて、四つん這いの姿勢を崩させた。訝しげな侍を促して、また仰向けにする。
初めて、侍が抵抗した。

「次元・・・・・・、」
「だめだ。」

肩を押さえ付け、脚を高く持ち上げる。先端を押し当て、微笑んでみせた。

「今日は、顔見ながら入れてえ。」
「・・・・・・!」

咄嗟に顔を隠そうとする拳を掴み、シーツに押さえ付けた。

「隠すな、五右ェ門。」
「後生だ次元、どんな顔をしていいか分からん。」
「そういう顔でいい。」

返事を待たず、押し入れた。

「んぅ・・・・・・!」

一部始終を、次元は眺めた。
侍の葛藤が、罪悪感が、一瞬にして流される。ゆっくりゆっくり扉を押し開くにつれ、空っぽのそこに、抗えない快楽が注が
れてゆくのが分かる。満ち足りたのかまだ足りないのか、眉を歪め狂おしく侍は視線をさまよわせた。
一番奥まで挿れたところで、次元は動きを止めた。ぴったりと密着させたまま、袋だけをやわやわと揉んでやる。侍の息が
激しくなった。涙を滲ませた目が、だんだん朦朧としてくる。「五右ェ門」と囁いた。

「二度とするなとは言わねえ。」
「・・・・・・。」

再び瞳が焦点を結ぶ。どうやら聞こえているらしい。

「その代わり、頼みがある。」
「・・・・・・なん・・・・・・、だ・・・・・・、」

吐息とも声ともつかない音で、侍が答える。

「気持ちいいって、言ってみてくれ。」
「・・・・・・!」

打たれたように目を見開き、それから侍は首を振った。

      それは、ならぬ。」
「いいんだ、五右ェ門。」
「・・・・・・。」
「言っていいんだ。」

挿れたものを緩やかに、優しく掻き回し始める。侍の頬が朱に染まった。五右ェ門。五右ェ門。馬鹿みたいにその名を呼び
続ける。

「気持ちいいな、五右ェ門。」

一瞬、侍は泣き出しそうな顔になった。両手を伸ばし、がば、と次元にしがみつく。

「とろけそうだ、次元・・・・・・!」
「・・・・・・!」

返事はできなかった。
腰だけが、爆発したように動いた。
侍が次元の手を取り、自らのものに導く。

      触って、欲しいのか。」

何度も何度も頷く五右ェ門に、深く口づけた。激しく突き上げながらそこを握ると、侍がもう何だか分からない声を上げる。
ぱん、ぱん、という音と共に強くしごいてやった。侍の腰も激しく動き始める。ずっとこうして欲しかったんだろ、聞こうとした
瞬間、侍の中が凄まじく締まった。
ちょっと待て俺の方が先に     
思う間もなく、次元は果てた。
気がつくと、手の中もぐちょぐちょになっていた。



     *



薄いまどろみの後、身を離そうとして五右ェ門はギョッとした。次元がしがみついたまま離れない。

「次元、」
      お前さ。」

さらに脚を絡めながら、次元が言う。

      俺がもし、女と逃げたらどうする。」
「止めはせん。好きにしろ。」

本当のことを言った。
次元が「ちぇ」と拗ねたような声を出す。

不意に、昼間の背中を思い出した。
少しうなだれたような、煤けた背を晒して、何時間もこの男は座っていた。

「ただ・・・・・・、」

静かな笑みを含んだ声に、次元が「ん?」と問い返す。

「万が一、お主が戻ってきたら、うんと優しくして困らせてやる。」
「・・・・・・。」

次元も笑ったらしかった。

      そいつは楽しみだ。」
「たわけ。」

長い口づけで、仕置きは終わった。















「4*5」(ジゲゴエコピー本)用にプロットを書いて眠崗さんと見せ合ったところ、「騙されて帰ったゴエを迎える次元」という
テーマが思いっきりかぶってて、大爆笑した作品です(^−^)。「4*5」には別の作品を書いて事なきを得ましたが、いやー
あん時は笑った。どんだけ通じ合っとんねん(^−^)。
こういう時には優しくしてやるのが、ゴエにとって一番の罰になると思います。



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