A Midsummer Morning's Dream








「ルパーン、できたー?」

高らかな女の声に、ルパンは汗だくの顔を上げた。直撃する強い日差しと走って来る女の肢体の眩しさに、思わず目を細
める。

「は〜いはい、もうちょっとで完成よ・・・、って五右ェ門、お前何してたんだ?」

不二子の後ろから、褌一丁の侍がやって来た。雫を滴らせ、灼熱の陽を受けてキラキラ輝くその姿は、水着の不二子に
負けず劣らず開放的だ。「捕ってきた」と幾分誇らしげに突き出す網の中には岩魚かヤマメか、活きのいいのがビチビチ
躍っている。

「・・・・・・すげーな。」
「ほんとにすごいのよ五右ェ門。全部素手で捕っちゃって。」
「朝飯前でござる。」

胸を反らす侍に吹き出しながら、ルパンは最後の杭を打った。ロープを引っ張るとたわんでいた布がぴんと張り、立派な
テントが起き上がる。

「っし、これで完成!」

立ち上がるルパンから、汗が滝のように落ちた。山奥の涼しい河原とは言え、炎天下の作業はやはりなかなかのハードワ
ークだ。

「すごい汗。ちょっと水浴びしてきたら? ルパン。」
「そうねえ。おーい、じげーん!」

風下の方へ声をかける。もうもうと上がる煙に向かってしゃがみ込んでいた男が「何だ」と不機嫌な声を返してきた。

「メシはまだけ?」
「もうできる。」
「五右ェ門ちゃんがお魚捕ってきてくれたからさ、これも頼むな。俺ちょ〜っとだけ不二子ちゃんと水浴びしてくっから!」
「あら、あたしも行くなんて言ってないわよ。」
「まあまあ、ちょっとだけちょっとだけ! んじゃね〜!」

不二子の手を取り、河原の石くれの上をひょいひょい飛んでルパンは水辺へ行ってしまう。
「・・・ったく」と呟く次元の方へ、五右ェ門は魚を携えていった。こちらに目を移した次元の仏頂面が、曖昧なものに変わる。
その変化に気づかぬ振りをして、侍は魚を突き出した。

「これだ。火は空いているか?」
「・・・ああ、飯はもう炊けたからな。お前焼いてくれ。塩はそれだ。」
「・・・うむ。」

何でもない会話が、少しぎこちない。理由は二人とも分かっていた。口にはもちろん出さないが。

生い茂る葉の隙間から漏れる午後の光線が、無言の男たちの背の上でせわしなく動く。川上からの涼しい風が、束の間、
葉音の洪水を起こした。久しぶりに嗅ぐ緑と土の濃い匂いに、五右ェ門は深呼吸する。

「――― 久しぶりだ、こういうのは。」
「そうかい。俺は初めてだ。」

カレーの鍋を掻き混ぜながら、次元がボヤく。思わず侍は笑った。

「初めてにしては、なかなか堂に入っておるぞ。」
「順応性が高いんだ。」
「ふっ・・・、」

笑う侍を、再び風が煽る。眩しいものを見る目で次元はそれを見つめ、すぐに視線を落とした。
同じ風が煮炊きの匂いを運んだのだろう、ちょうどいい頃合いを見計らったように、ルパンと不二子が歓声を上げながら戻
ってきた。

「おー、できてるできてる。」
「遅えぞルパン。」
「次元が作ったのよねこれ? 大丈夫?」
「イヤなら食うな。」

紙皿を渡しながら、次元がうそぶく。ぶつくさ言っていた割に、料理はなかなか豪華だった。バーベキューにサラダに捕れ
たての焼き魚、カレーなんか二種類もある。ルパンの役割分担はさすが適材適所と言ってよかった。木陰の岩場でぐるり
と車座になり、賑やかな食事が始まる。夏の午後三時は一番暑い時間帯だったが、風のある日陰は意外に心地よかった。

「どうでもいいけど次元、その格好なんとかならないの?」
「ほっとけ。」

いつものナリに背広を脱いだだけ、という次元の姿は、確かに誰が見ても暑苦しい。いつの間にか水着になっているルパ
ンが、早くも空になった皿を差し出しながら言った。

「俺の水着貸してやろっか次元。」
「いらねえ! 大体、こんな山ん中に連れて来られるなんて、聞いてなかったぞ俺は。」

おかわりをよそってやりながら、次元が噛みつく。「確かに」と侍も頷いた。

「そろそろ話してくれてもよいのではないか、ルパン。」
「そうよそうよ、こんな所に何があるの?」

口々に問う三人を見渡して、ルパンはニヤリと笑った。

「まあま、明日の朝までのお楽しみさ。」
「明日の朝?」
「そ、明日は早いぜ。いーとこに連れてってやるから、今日は早く寝といてくれな。」
「明日、ね。」

これ以上聞いても何も出ないと悟ったのだろう、紙皿を置き、不二子が立ち上がる。

「楽しみにしてるわ。それじゃ、ごちそうさま。」
「不二子ちゃん? どこ行くの?」
「ホテルに戻るのよ。明日の朝は迎えに来てねルパン。」
「そんなあ!」

ルパンの表情が悲劇的に崩れる。お定まりのやり取りを無心の心持ちで流しながら、次元と五右ェ門はおかわりをパクパ
クと食べた。

「せっかくがんばってこ〜んな豪華なテント建てたのに!」
「いやよこんな所でザコ寝なんて。冗談じゃないわ。じゃあね、また明日。」
「ちょ、ちょっと待ってよ不二子ちゃぁあ〜ん!」
「おい、ルパン!」

後を追おうとするルパンを、慌てて次元は呼び止めた。不二子のことはどうでもいいが、今二人がいなくなるのは少し具
合が悪い。

「悪ィ、片づけ頼むな次元、五右ェ門!」

ふ〜じこちゃあぁあん、とこだまを響かせながら、ルパンは消えてしまった。立ち尽くす次元を意に介する様子もなく、「馳
走になった」と侍が皿を重ねる。
いつの間にか日は傾き始めたらしい。少し色を増した光が、侍の濡れた黒髪に反射して次元の目をいやに刺した。

――― 来るんじゃなかった。

心の中で、次元は呻いた。



     *



「・・・ルパンの野郎。」

恨み言と煙草の煙が、夜の闇に流れて消える。
陽気な首謀者は結局帰って来なかった。呼び出してみたが返事もない。明日の朝になれば連絡は来るのだろうが、それ
では遅かった。問題は今夜だ。

「・・・・・・。」

焚き火の燃え殻に煙草を押しつけ、次元はため息をついた。重い頭を上げ、灯りの消えたテントを眺める。早く寝ろと言っ
たルパンの言葉を律儀に守り、侍はもう床についたらしい。しっかりしろ、と呟いた。腹を括って立ち上がり、テントのファス
ナーを開ける。身を屈めて中に入ると、侍の微かな寝息が聞こえた。中は完全な暗闇ではなく、寝ている様子が朧げに窺
える。

もう二度と、二人で寝まいとあのとき誓った。
仕方がない。侍と反対側の壁際に身を横たえ、次元は目を瞑った。冷静にいこうぜ。隣で寝ているのはあの五右ェ門だ。

時間が、じりじりと過ぎた。
山の夜は意外にうるさいということを、次元は今夜初めて知った。
葉のざわめきが、鳥の声が、山の轟くような低い音が、耳に入り込み重なり合って頭の中をぐるぐる回る。
部屋の片隅で、侍が寝息を立てている。

――― やめろ!

音の渦の中から再びあの衝動が頭をもたげ、次元はうろたえて目を開いた。寝返りを打ち頭を抱えて、呪文のように落ち
着けよく考えろと繰り返す。
やがてむくりと身を起こした。

――― 同じだ。あの時と。

息を詰め、そろそろと這う。あの時もこんな、息苦しい夜だった。あの時も侍は眠っていた。
あの時も、俺はやめろと自分に繰り返した。
眠る男を上から眺める。闇に慣れた目は、もはやすべてをはっきりと捉えることができた。瞼にかかる前髪も、長い睫毛も、
少し開いた唇も。何も考えず、身を屈めた。

「―――、」

同じだ。

唇を押しつけた途端、頭をぶん殴られたような衝撃に目が醒める。次元は跳ね起きた。闇を蹴り、入り口の布を跳ね上げ
て、外に飛び出す。
訳も分からず走った。闇に向かって吠えた。
拭っても拭っても、唇の甘ぐるしさが消えなかった。



     *



息が切れ足を緩めて、次元はようやく辺りの異変に気づいた。馬鹿に明るい。近くに街でもあるのか? 見回して、息を飲
んだ。

――― 空が・・・・・・!

洪水のように溢れる数億の星だった。一瞬、それらが一斉に落ちてきそうな錯覚に襲われ、思わず身構える。それからそ
ろそろと膝を伸ばし、呆けたように空を眺めた。やがてゆっくりと歩き出す。
少し傾斜のついた草地をよじ上ると、空の開けた場所に出た。草の上に腰を下ろし、空から目を離せないまま寝転がる。

「すげえな・・・・・・、」

呟いたきり、広がる無尽の光に身を委ねた。夜露を含んだ土の匂いと頬をなぶる夏の夜風は確かに大地を感じさせるの
に、こうして目を開けていると自分がどこにいるのか分からなくなる。五感を開け放ち、光が、空気が、体を通過するような
初めての感覚に、次元は戸惑い、しばし酔った。空っぽになった頭に、一人の男の顔が浮かぶ。

見せてやったら、さぞ―――、

はっとして次元は目を強く瞑った。もう忘れたのか。どうかしてる、いい加減にしろと必死に繰り返す。

「――― すごいな。」
「!!」

突然聞こえた男の声に、次元の体が跳ねた。
本当に跳ねた。

「・・・・・・。」

とっさに大きな伸びをして、まるで今起きたように振る舞う。欠伸混じりに「ああ」と答え、さりげなく男から顔をそらした。
次元の演技を気にする風もなく、侍は隣に腰を下ろす。膝を抱えて上空を見上げる真っすぐな背を、苦い思いで次元は見
つめた。

「・・・・・・こんな星空は初めてだ。」

呑気な様子で、侍が言う。「そうか」と次元は、笑い声を作った。

「起こしてやればよかったな。」
「起こしたではないか。」
「!」

侍の声が、変わった。

知ってたのか。言葉を失う次元をよそに、男はゆっくりと星空から目を離す。黙って見下ろし、口を開いた。

「――― 次元、」
「悪かった。」

侍の言葉を遮り、次元は腹に力を入れた。起き上がり、膝を引き寄せて靴の先を見つめる。
「ちょっとふざけただけだ。二度としねえ。忘れて―――、」
「二度目だ。」
「―――!」

侍の声は静かだった。戸惑いや不審の色はなく、ただ真摯な問いがそこにある。

「今日で二度目だ。そうであろう。」
「・・・・・・。」
「――― 次元、」

硬直する男を、侍が覗き込む。答えられない。分からないんだ。自分の中を探っても探っても見つけられない。
少し、掻き回しすぎてしまったのかもしれない。

「・・・・・・もう、しねえ。」

カラカラに乾いた声が、やっと出た。

「――― そうか。」

侍はそれ以上聞かなかった。手元の草をブチ、と引きちぎり、次元は勢いをつけて立ち上がる。手の中の草を離すと、夜
風が、青い匂いと共にそれを飛ばした。侍は座ったまま、その行く末を目で追っていた。それから次元を見つめた。あまり
にも強い、真っ直ぐな瞳が、自分と同じく答えを求めている。

男が、唇を開いた。

「じげん」
「―――、」

膝を、折っていた。



     *



草に埋もれた侍の頭を両手で抱え、次元はひたすらに唇を押し当てた。
三度目の接吻は何もかも前と違う。侍が目を開けている。触れる唇に意志がある。次元に応え、次元に触れてくる。

「・・・どういうつもりだ、お前。」

唇をほんの一ミリ離した隙間から、侍に問うた。本当は自分に聞きたいのだ。一生懸命考えたのち、侍が答える。

「・・・分からぬ。」
「・・・・・・。」

男を強く抱き締めた。なぜそうしてしまうのか分からない。侍の手は次元を抱き返さず、ただシャツの肩口を掴んでいる。
ふわり、と匂いがした。反射的に体が動いた。匂いのする方へ鼻を突っ込み、更に濃い方へと潜り込む。深く吸い込むと
同時に、男の胸元を乱暴に広げていた。これだ。――― この匂いだ。
侍の耳の後ろに鼻を埋めたまま夢中でそれを嗅ぎ、手探りで素肌をまさぐった。筋肉とサラシを行き来する掌に、ぷつん
と小さな突起が触れる。人指し指で、少し押した。

「―――、」

侍がシャツを、ぎゅうと引っ張る。男の匂いを嗅ぎながら、指でこねた。

「―――!」

息を詰め、侍は次元を押し返そうとする。嫌がっているのは分かったが、止められなかった。男の首の匂いを嗅ぎ、おそら
く乳首であろうそこをこねながら、次元は自分が勃起しているのをはっきりと感じた。泣きたい気分だ。パンパンに張ったそ
こを侍に押し付けたくない。腰を浮かせようとした刹那、侍の体が跳ねた。ザッ、と草が飛び、視界が塞がれる。次の瞬間、
天地が逆になった。

「・・・・・・!」

数億の星を背負った侍の表情は陰になって見えない。確かめる間もなく、耳に噛みつかれた。

「いっ―――!」

痛みに呻く次元に構わず、侍が首筋へと鼻先を埋めてくる。もしかして、こいつも―――、
首元で、男が大きく息を吸い込んだ。くわ、と口を開けたのが分かる。また噛む、と思った。慌てて侍の乳首をつまんだ。

「んっ・・・・・・!」

そんな声は、初めて聞いた。頭が真っ白になった。

「ん! っん・・・・・・!」

次元の首の匂いを嗅ぎながら、乳首を両方つままれ揉みしだかれて、侍がくぐもった声を漏らす。指の中のそれがコリコ
リに尖ってゆく。匂いだけでは足りなくなった。顔が見たくて堪らない。侍の背を抱き、再び組み伏した。
草むらの上でころころと位置を変える二人は、まるで獣のようだったろう。優位を取り戻そうともがく男の手を掴み、地面に
押し付けて、次元は指の間に指を入れた。それから体を起こし、俯瞰するように男の顔を見る。ぐりん、と侍は顔を背けた。
覗き込むと、更に反対側へ顔を捻る。どうあっても見られたくないらしいが、真っ赤に染まった頬は隠しようがない。たまら
ずそこに唇を押しつけた。何度も吸った。
何だろうこれは。
触れると匂いを求めてしまう。嗅ぐとたまらなくて、また顔を見たくなる。見ると更に触れたくなる。多分、馬鹿になったんだ
と思う。

――― 触れたい。

両手を握ったまま、浮かせていた腰をとうとう下ろした。

「・・・・・・!?」

自分のものを押しつけるつもりが、熱く漲ったものに跳ね返される。心底狼狽して、次元は思わずそこを見た。

「――― 見るな!」

五右ェ門が叫ぶ。目に入ったのは、濡れてそこだけ色の変わった袴だった。まさか、漏ら―――、
無造作にそこへ手をやると、侍が小さな悲鳴を上げる。尿ではなかった。ぬるぬるした感覚には心当たりがある。確かめ
てしまってから、はたと次元は手を止めた。

――― どうする、これを。

ごくり、と喉が鳴る。思わず当ててしまった手を、もう離すことができない。侍の形をなぞるようにゆっくり撫でると、くちゅ、
と卑猥な水音が上がった。

「――― 離せ!」

突然、めちゃくちゃに五右ェ門が暴れ出した。繋いでいた片手を離し、髪を振り乱して、次元の下から逃れようともがく。

「おい、五右ェ門、」
「おかしかろう、こんな―――、頼む、離してくれ、次―――、」
「――― ちっ、」
「―――!?」

涙顔の五右ェ門が、ギョッとしてこちらを見る。自分の股間に無理矢理当てさせた侍の手を、次元は更にぐいと引いた。

「分かったろ、お前だけじゃねえ。」
「―――、」

びっくりして泣きやんだ子供のように、五右ェ門が一つしゃくり上げる。それから、そっとそこを撫でた。

「う・・・・・・、」

屈辱だ。こんな下手くそな愛撫に、声を上げてしまうなんて。侍の手を押しのけ、次元はベルトのバックルを自分で外した。

「じげ―――、」
「お前も脱げ。」

短く命じると、五右ェ門は息を飲み、それから帯に手をかけた。ああもう本当に勘弁してくれ、と次元は思う。大の男が草っ
ぱらで、膝立ちになって下だけ脱ぐなんて、本当にこれは悪い夢だ。しとどに濡れた褌から、侍がイチモツを引っ張り出す。
案外に立派なそれを、次元はむんずと掴んだ。

「ふ・・・・・・!」

息を発し、それから侍は頭をブンと振った。挑むような目で、次元の赤黒い陰茎を握り込む。何か勘違いしてるんじゃねえ
かと次元は思った。あとは、手が勝手に動く。
ぐちぐちぐちぐち、という乱暴な音が辺りに響いた。当然のようにお互いの首筋へとまた鼻を埋め、一心に嗅ぎながら相手
の欲情を手の中で高め合う。もっと、もっと触れたい。空いた手で侍の乳首をつまみ、もう一方の突起に唇を当てて、思い
切り吸った。

「ん・・・・・・! ん・・・・・・! ん・・・・・・!」

侍の手が止まる。舐め転がす乳首はもうピンピンに勃っていた。次元が暴く快感が、侍の中で響き合い、増幅しているの
が分かる。手の中のペニスがぐっと膨らんだ。侍が身を大きく震わせた。次の瞬間、びしゅびしゅと精液が撒き散らされた。

「・・・・・・、」

痛いくらい掴んだ次元の肩に、五右ェ門がふにゃりと頭を乗せる。一つ息を吐いてから、決然と顔を上げた。まだ達してい
ない次元のものを握り、「見ておれ」と呟く。やはり何か勘違いしている気がする。

「・・・・・・。」

一心不乱にしごく侍に性器を預け、次元は再び男の耳元に鼻を埋めた。もうずっとこうしていたいと思う。深く吸い込むと、
またあの甘苦しい感覚が体の中から湧き上がってきた。もっと、深いところで触れたい。精液まみれの手で、男の陰嚢を
揉んだ。「あっ」と侍が小さく叫ぶ。

「待て次元、今は拙者が・・・・・・、」
「ああ。」

頷きながら、緩んでしまった褌の奥へ手を滑り込ませた。探り当てた蕾を軽く押すと、「う」と呻き、信じられないという顔で
侍が次元を見る。「どうした」と言ってやった。

「今はお前が、俺をイカせるんだろ。」
「・・・・・・!」

何か危機を感じたらしい、侍の顔つきが変わる。真剣な面もちでしごき始めたそこは侍に任せて、次元は自分の指を進め
た。もうそこのことしか考えられない。ぬめる中指で皺を揉み、ぬっ、と力を加えると、蕾がほころび、指が中に入った。

「あ・・・・・・、」

熱い。
後ずさろうとする侍の腰をぐっと抱き寄せる。縮めたり伸ばしたりしながら奥へ抽挿するにつれ、男が息を飲み、体を堅くし
てゆく。全部入った頃には、侍は次元の肩に頭を押しつけ、完全に硬直してしまっていた。中指を根本まで突っ込んだま
ま、掌ごと大きく回してやる。

「あ・・・・・・、や、め・・・・・・、」
「息しろ。」

次元の肩に乗った侍の頭を、鼻で促して上げさせた。下を掻き混ぜながら唇を吸ってやると、思い出したように激しく呼吸
し始める。中がどんどん熱くなる。みっちり詰まっていた穴が少し柔らかくなったのを潮に、次元は中指を抜き、今度は二
本突き挿した。

「うう・・・・・・っ・・・・・・! う・・・・・・、」

入った指で中をぐねぐねとこねる。唇と下を塞がれ、とうに陰茎から離れてしまった侍の手が、次元の背にすがりつきそう
になっては突き放し、背や肩を闇雲に叩いた。普段の侍からは考えられない、ほとんど無力といっていい抵抗だった。こ
んな無防備な侍を見るのは初めてだ。中途半端に暴れる男を抱きかかえ、草むらに押し倒した。両足首を掴んで広げる
と、侍が目を醒ましたように頭を振り、燃える瞳をこちらに向ける。

「入れるぞ。」
「ならぬ!」
「・・・だよな・・・・・・、」

先端を押しつけた瞬間、突風が上がった。思わず目を瞑り、腰を突き入れた。轟く風に、侍の声がかき消される。
目にゴミが入ったらしい。痛みに耐えながら、次元は腰を押し込み続けた。四度ほど突いたところで、それ以上入らなくな
る。やっと薄目を開けると、目一杯に広がり次元を飲み込んでいる穴が見えた。生唾を飲んだ。

「殺して、やる」と侍が呻く。
「・・・・・・ああ。」

短く答え、ペニスを引き抜いた。侍が「んん!」と叫んで目をつぶる。抜けきる寸前で腰を止め、再び奥まで一気に貫いた。

「あ・・・・・・!」

跳ねる侍の両脚をキャッチする。ぐいと抱え直し、あとは夢中で腰を振った。

「くっ・・・・・・、んっ・・・・・・、っく・・・・・・!」

侍が引き掴む手元の草が、突きまくられる勢いでブチブチとちぎれる。掴むものがなくなったその手を取り、自分の背中
に回してやった。侍が涙声を出す。

「覚えて・・・、おれ、次元・・・・・・!」
「ああ。」

覚えてるさ。

ぐずぐずになった中を出し入れするたびに、粘膜が次元をなぶり、しゃぶるように締めつける。こんなにいいと思わなかっ
た。衝動に身を委ねながら、次元は思う。蹂躙されているこの体も、ほんの少し、ほんの少しくらいは悦かったりしねえか
―――、
ガリ、と背中を引っかかれた。痛みに呻き、次元は首を振る。そうだよな。悪い、五右ェ門―――、
もう少しだけ、我慢してくれ。
快感の塊になってしまったそれを、侍の中でしゃぶらせまくる。次元にしがみついた五右ェ門は、もう声も上げなかった。
男の耳元にまた鼻を突っ込む。深く吸い込んでただ腰を振る。こうして意識がぶっ飛んでしまえばいい。そのまま死んで
しまったっていい。
断末魔のような咆哮を上げ、次元は侍の中に情を吐き散らした。



     *



風がやんだ。
五右ェ門の上から起き上がり、次元は草むらに崩れるように倒れ込んだ。仰向けになると相変わらずの星空が目に飛び
込んでくる。途端にいたたまれなくなった。跳ねるように身を起こし、隣の侍をちらりと見やった。

「・・・・・・すまねえ。」
「なぜ・・・・・・、」

侍の声は掠れていた。

「なぜ、謝る。」
「・・・・・・。」

なぜって、そりゃあ―――、
そこまで考えて、愕然とする。自分がたった今何をしたか、今やっと次元は思い知った。
俺は、五右ェ門を、犯したのだ。
頭を抱え、絞り出しように呻いた。

「――― すまねえ。」
「・・・・・・。」

侍が、黙って起き上がる。草まみれのまま、こちらを見つめている。顔を上げることができなかった。次元には分かる。
陵辱されても、五右ェ門の目はきっとまだ、あの真摯な光をたたえている。

「――― 斬ってくれ、俺を。」

侍は何も言わなかった。黙って立ち上がり、衣服を直すと、その場を去った。



     *



けたたましい呼び出し音に、次元は突然目を覚ました。心臓が馬鹿みたいにバクバク鳴っている。携帯の画面で呼び出し
主の名を確認し、暗澹たる気持ちで電話に出た。

「お〜っはよ〜じげーん! お目覚めはいかが?」
「最悪だ。」

余すところのない本心を言った。地獄の底にいるような次元の声を気にする様子もなく、ルパンはペラペラと先を続ける。

「言ったろ? 明日は早いって。ナビ送っといたからそこに来いよ。お前の位置からなら、十分もあれば着く。」
「俺ァ行かねえ。」

とてもじゃないがそんな気分ではない。侍もきっと来やしないだろう。

「な〜に言ってんだお前! めったに見れねえすんげーお宝だぞ!」
「悪いな、ルパン。」

携帯を離しかけた次元の耳に、相棒の真面目な声が届く。

「いいから来いよ、次元。」
「―――?」

突然の変調を訝しむ次元に、ルパンは言った。

「お前らが今、一番見たいものが見れるぜ。」
「おい、ル―――、」

通話はそれで切れた。

「お前『ら』・・・・・・?」

ぼんやりと繰り返し、腕時計を見る。まだ五時前だったが、辺りはすっかり明るくなっていた。そこで初めて、下半身が丸
裸なのに気づく。

「くそ・・・・・・、」

あの草むらだった。朝もやにけぶる緑の上を、少し冷たい空気が緩やかに動いている。脱ぎ散らかされた自分の衣服が、
昨夜の酷い行為をまざまざと思い出させた。
どうして、あんなことになっちまったんだ。
はっきり思い出せるのは、あの匂いだけだった。あれを嗅ぐと自分は頭がおかしくなる。いま思い出すだけでも、心臓が鷲
掴みにされるようだった。一心に次元の匂いを嗅いでいた、男の姿を思い出す。

――― 五右ェ門。

まっすぐなあの眼差しが、自分に何を問いかけていたか次元には分からない。自分のことさえ分からないのだ。

今、一番見たいものは何だ―――?

ふらりと、次元は立ち上がった。
濃い土の匂いが、胸を衝いた。



     *



「おっせーぞ次元!」

怒る相棒の後ろに侍の姿を認めた瞬間、次元はここへ来たことを激しく後悔した。絶対来ねえだろうと思ったのに。
踵を返しそうになる肩をぐいと掴み、「はいはいここに立って」とルパンは次元を引っ張ってゆく。連れて行かれたのは、小
さな池のほとりだった。ルパン、不二子、次元、五右ェ門の順に、池の縁に並んで立たされる。ずいぶん水の綺麗な池だ
った。中心の方はもやが濃くて何も見えないが、浅い岸辺は鏡のように澄んで、突っ立っている四人の姿がはっきり映る。

「一体何なの、ルパン?」

やはり叩き起こされたのだろう、眠そうな不二子は不機嫌だった。五右ェ門は黙っている。そちらを見ることさえ次元には
できなかった。「さーて」とルパンが時計を見る。

「あと五分ってとこかな。心して見てろよ、何しろ三百年に一度の瞬間だからな。」
「だから何なのって・・・・・・、」
「元々な、」

すっ、と不二子の手を繋ぎ、ルパンは語り始めた。

「別のお宝目当てで、俺はここにやって来たんだ。ところがその途中で、妙な伝承集を見つけた。そこに、この池の話があ
ったんだ。」

おどけた調子で語っているが、声で三人には分かった。ルパンは真面目な話をしている。

「ありきたりの心中ものさ。身分違いの二人が手に手を取って、来世を誓い身を投げた。おもしろかったのはその後だ。
以来、三百年に一度、この池ではいいものが見れるんだと。」
「いいもの・・・・・・、」
「時間だ。」

ルパンが顔を上げる。池を囲む木々の間から、光が差し始めた。立ち込めるもやの間を縫って幾筋もの光が重なり合い、
あたりの色を変えてゆく。

「さあ、池を見てごらん。何が見える?」
「・・・・・・、」

覗きこみ、次元は絶句した。「何よ、これ・・・・・・」と不二子が呟く。

「ルパンしか見えなくなっちゃったわ。どういうこと、ル・・・・・・、」

突然ルパンに抱き締められ、不二子の声が「んむ!」と途切れる。

「何よルパン急に! 離して、も・・・・・・、」
「この池はな、」

抱き締めた不二子の肩越しに、次元と五右ェ門の方へ向かって、ルパンは言った。

「恋しい相手の姿を映すんだと。」
「・・・・・・!?」

仰天する三人に構わずルパンは続ける。

「三百年に一度だけの奇跡だ。心中した二人の、粋なはからいって奴かね。」
「嘘・・・・・・、」

息を飲む不二子の体を離し、ルパンはひざまずいて白い手を取った。

「嘘でもいいさ。真夏の朝の夢とおぼし召せ、ってね。」

白い手にキスをして、立ち上がる。

「んじゃ行こっか、不二子ちゃん。」
「――― どこへ?」

「昨日ほとんど泳げなかったからね、二人でキャンプデートと洒落こもうじゃないの!」
「ちょ、ちょっと、ルパン!」

慌てる不二子の肩を抱いて、ルパンは足を踏み出した。次元と五右ェ門を振り返り、ウィンクを飛ばす。

「どうだ? 一番見たかったもん、見えたか?」
「・・・・・・!」
「んじゃね〜! さー行こ、不二子ちゃん!」
「ねえルパン、やっぱり嘘でしょ、トリックか何か・・・・・・、」

騒がしい二人が姿を消し、池の周りは再び静寂に包まれた。
もう一度、次元は足元に目を落とす。
澄みきった水面には、五右ェ門だけがいた。
顔を真っ赤にして、食い入るように次元を見つめている。

そうなのか?
探っても探っても見えなかった、答えが―――、

その瞬間、次元は気づいた。水面を狭間に、二人が見つめ合っているという意味を。
五右ェ門、お前―――、
池から目を離し、隣の男を見た。男も顔を上げ、やはり次元を見つめた。


お前は誰を見た、五右ェ門―――?


震える唇を、次元は開く。
静かな風が、光ともやと二人を混ぜた。













「Summer Festival45 (SF45)」というweb上のお祭りに、投稿させていただいた作品です。
夏フェスだし、やっぱり夏の話がいいな〜、夏・・・、海・・・、山・・・、とか考えてたときに、「次元が飯盒炊爨(さん)担当」とい
うのが浮かんでしまい、もうキャンプさせるしかなくなりました。話は全部そこから始まりました。そこからかよ(^−^)。





→BACK