midnight sun








 夏の夜はどこか白々しく明るかった。
 しのぶはカーテンを閉めた。奥からシャワーの音が聞こえる。
 男のために冷やした部屋は、しのぶには少し寒かった。押し入れを開け、毛布を引っ張り出す。頭から
被って畳に座り、缶ビールを1口飲んだ。

 後藤の毛布は後藤の匂いがする。

 寒い室内で、毛布の中だけが温かかった。顔に押し付けて吸い込むと、あの男の腕が、のしかかる体
の重みが、ざらつく髭の感触が浮かぶ。触れられる直前の、うずくような感じが甦る。
 缶ビールをテーブルに置いた。
 これ以上は危ない。
 立ち上がり、何かしようと部屋を見回す。放り出された衣類をたたんで押し入れを開くと、温かい空気が
しのぶを包んだ。
 何も考えず布団を引き出し、床に敷く。
 色褪せた部屋の隅、シーツのぴんと張られた布団は、何かわざとらしい感じがした。

 水音が止まった。

 布団の真ん中にうつぶせ、毛布を引き寄せる。傍の雑誌をひっつかんで開くのと、襖が開くのが同時だ
った。

「おー、すずし。」

 頭を拭きながら入ってきた後藤が、すぐ横にどっかと座る。しのぶは黙って毛布を引き上げた。

「寒い?」
「少しね。でも毛布があるから。」

 温度を上げるリモコンの音がした。缶ビールを開ける音がそれに続く。

「夕立があったから幾分涼しいねえ。」
「・・・・・・そうね。」

 無関心な声を出すよう努めた。
 ぐびり、と喉を鳴らす音が上の方で聞こえる。うつぶせて雑誌に顔を落としたまま、畳についた男の手
を、しのぶは盗み見た。

「何読んでるの?」
「んー・・・・・・。」

 読んでいないのだから答えられない。

「眠い?」
「んー・・・・・・。」

 眠くなんかない。
 不自然な沈黙が流れた。後藤が咳ばらいをして、もう一度聞く。

「・・・・・・眠いの?」

 低い声だった。



     *



 襖を開けたときからいつもと違っていた。
 布団が敷かれていることなど今までなかったし、しのぶが横になっていることも珍しい。
 疲れているのだろう。それとも何か怒らせるようなことをしたか。しのぶはどこか上の空だった。

「・・・・・・・・・眠いの?」

 もう一度聞いたが返事はない。
 ビールを飲みながら、しのぶを見下ろした。雑誌に向かうしのぶの背は、規則正しく上下している。

     なんだ?

 妙な空気だった。怒っているのとも違う。この背中はなにか張りつめている。
 畳についた手をそっと離す。一瞬、しのぶの背中がざわめいた。

 確かにざわめいた。

 離した手をそろそろと毛布の丸みに近づけ、軽く触れる。
 しのぶは動かない。
 遠くで獣が鳴いた。

「・・・・・・しのぶ、さん。」

 微かに囁くと、しのぶはゆっくりこちらを向いた。

「・・・・・・なによ。」

 息が浅い。
 後藤は全てを理解した。
 しのぶは気付いていないのだろう。ふくれっつらが上気していることを。睨みつけるその瞳も潤んでいる
ことを。

 この人は     

「いつから・・・・・・。」
「え?」

 怪訝そうなしのぶの唇を黙って塞いだ。抱きよせた肩がほんの少しうち震え、それから甘く崩れ落ちる。

「『いつから』・・・・・・、なに?」

 後藤の肩に手をかけ、半ば夢見心地で、それでも抗うように女が後藤を睨みつける。ぐらりとする。

「いつから、そんな顔するようになったのかってね。」
「・・・・・・・・・!」

 しのぶの抗議を唇ごと飲み込んだ。反駁がキスの嵐となり、後藤に降り注ぐ。
 しかしこの人の唇は気持ちいいなあ。
 両手を絡め合いながら、後藤はぼんやり考えた。
 ぷるんとして小さく柔らかく、少し冷たくてはっきりした感触。下唇をその2つのものに挟まれたりしたら
もう・・・・・・。

「起きてる?」

 突然声が聞こえた。



     *



 男の動きが止まったような気がして、薄目を開けた。後藤はされるがままに口を開けている。

「起きてる?」

 声をかけると、驚いたように目が開いた。

「起きてますよ。どうして?」
「なんだかぼんやりしてるから。」
「やだなあ、見てたの?」

 笑ってのしかかる男の手を離し、しのぶは身をよじった。自分一人熱くなるのが怖かった。

「眠いなら・・・・・・、」

「違うよ」という声が制する。

「呆けてた。気持ちいいなあと思って。」
「ほ・・・・・・、」

 熱い舌が言葉を塞いだ。奥の奥、他の誰も触れない場所を舐め回されて思考が止まる。

「おあずけしないでよ。」

 後藤が囁いた。

 促され、布団の上に起き上がる。ゆったりしたワンピースの後ろがたくし上げられ、後藤の両手が尻を
撫でた。そのまま無造作に下着がずり降ろされる。

「座って、ここ。」
「や・・・・・・、」

 引っ張られ、正座した後藤の膝の上に向かい合って跨がった。裸のそこが、後藤の腿にぺったりとつい
ている。
 背中の後ろで両腕を組まされる。組んだ両腕をがっちり掴んだまま、後藤はワンピースの前をくわえた。
 ゆっくり口でたぐり上げられると、震える乳首が現れた。

「ん。」

 咥えたワンピースの端をしのぶの口まで持って来て、促す。しのぶは男を睨みつけた。
 それから、それを咥えた。

「・・・・・・見ててね。」

 しのぶの頬にキスしてから、薄く開いた口を乳首に近づける。が、動きはそこで止まった。
 男は口を開け、口腔内にそれを半ばおさめたまま、唇で触れようとしない。温かい吐息だけがふよふよ
と尖端をなぶった。

「ん?」

 口を開けたまま後藤が問う。殺してやろうかと思った。

「ん・・・・・・ふ・・・・・・!」

 罵る言葉は、咥えた布の中、くぐもった呻きになって空しく響く。

「舐めていいの?」

 首を横に振った。死んでもごめんだと思った。

「そうかあ。」

 呟いた口が、ちゅぽっと音を立て、あっさり頂点を犯した。

「んふんんっ・・・・・・!」
「だめ。見て。」

 目を落とす。尖端が、音を立ててなぶる舌に見え隠れしている。さんざんもてあそばれたそれが唇に挟
まれて見えなくなった途端、

「んんん・・・・・・んふうっ・・・・・・!」

 強く吸われる感覚にしのぶはのけぞった。下の方で、ぱちゅっと音が響いた。

「いいの? しのぶさん。」

 舌を休めず後藤が問う。 
 しのぶは首を横に振った。「そうお?」と不思議そうな顔で男が呟く。

「でも、こここんなに硬くなって・・・・・・、」
「んっ、ううんんんうう・・・・・・!」

 温かい口の中、舌が激しく乳首をはじく。身を左右によじるしのぶをがっちり押さえたまま、男は続けた。

「ここもさっきからこんな・・・・・・、」
「んあああああ・・・・・・っ!」

 跨った膝を大きく上下に揺らされると、ぱちゅ、ぱちゅ、と音が漏れた。
 しのぶの口から、咥えた布が離れる。
 乳首をなぶる後藤の水音と、跨った足の間から漏れるしのぶの水音が、部屋に響いた。

「お願い・・・・・・!」

 たまらず叫んだ。
 見上げる後藤の目が、熱を帯びている。

「どうして欲しい・・・・・・?」

 このままいつまでも続けて欲しい。もうやめて欲しい。

「なんでもするよ。」

 わざと尖端に唇が触れるように後藤が囁く。熱い唇がかすかに触れるたびにびくん、と体が波打ってし
まう。もう耐えられなかった。

「欲しい・・・・・・!」

 誰の声かと思った。
 後藤の喉がぐぐ、と動く。ゆっくりと唇が開いた。

「・・・・・・いやだね。」



     *



「欲しい・・・・・・!」

 乱れた髪の間から見下ろすしのぶの目が訴えている。膝の上をぬるぬる滑る熱いものが、後藤を迎え
入れたくてひくひくうごめいている。
 荒い息の下、女の口からその声が漏れた瞬間、後藤はそれを知った。

 しのぶは開け放たれた。
 後藤だけにそれが許された。

 跨がるしのぶの腿が間断なくこすりつけられ、もうはちきれそうだ。
 後藤はあらん限りの力で我慢した。
 もう少しだけ見たかった。

「・・・・・・いやだね。」

 泣き出すかと思った。
 みるみる頬を紅潮させていく女に、心のすべてを込めて口づける。
 2人はいま、同じものを求めている。

 とり憑かれたように唇を求めるしのぶの腕をそっと離した。

「見たい・・・・・・。」

 一瞬女の動きが止まる。
 膝から降ろし、後ろを向くように誘導する。上から覆いかぶさるようにして体をうつぶせに倒させると、し
のぶにも分かったようだった。

「見せて・・・・・・、」

 腰を高く上げさせ、ワンピースの上からそこに顔をうずめる。しのぶの切ない声があがった。

「見せて・・・・・・、しのぶさん・・・・・・。」

 しのぶの手がワンピースの裾にかかる。ゆっくりとたくし上げられる。
 息が止まるかと思った。

「びしゃびしゃだよ・・・・・・。」

 どこがそこか分からないくらい濡れた部分にしゃぶりついた。泣き声とも悲鳴ともつかない女の声が上
がる。
 蜜壷に舌を踊らせ、赤い突起をこね回した。女がしきりに自分の名を呼んでいる。

「う・・・お・・・・・・!」

 突然、そそり立った部分に触れられて、後藤は不覚にも声を上げた。うつぶせたまま手を伸ばし、しの
ぶが何度も何度もそこを撫でている。

「しのぶさん・・・・・・、」

 伸ばされた腕越しに目が合った。女の口が開く。

「愛してるわ・・・・・・。」

 後藤の中で何かが爆発した。



     *



「愛してるわ・・・・・・。」

 心のすべてを込めた。
 猛然と襲いかかる男が、一瞬、泣き顔に見えた。
 仰向けにされ足を大きく開かれる。
 求める部分に求めるものが押し当てられた瞬間、世界の終わりをうっすらと予感した。
 熱いものがしのぶを押し割って入ってくる。後藤の両手をきつく握った。

「き・・・・・・もち・・・・・・い・・・・・・、」

 後藤がかすれ声を上げる。しのぶの声だったかもしれない。
 そのままふと動きが止まった。
 見上げるしのぶの唇を男が吸う。

「少し、このまま・・・・・・、」

 汗みずくの顔が恍惚としている。きっと自分もこんなだろう。じっと動きを止めている男が、しのぶの中
でだけびくんびくんと脈打っている。

「しのぶさんの、ひくひくしてる・・・・・・。」

 後藤さんこそ。言葉は音にならず、繋がった部分に無言の抗議が加えられる。

「し・・・・・・のぶさ・・・・・・! そんなにしたら・・・・・・!」

 後藤が激しく動き始める。
 突き上げられるたびにしのぶの何かが崩れていく。
 でももう恐くなかった。

 お互いの名を呼んだことだけ覚えている。



     *



「・・・・・・愛してる。」

 夢の中で声を聞いたような気がした。目を開けると後藤の顔が目の前にあった。どうして泣いているの、
と問うた。

「・・・・・・しのぶさんこそ。」

 唇を塞がれ、また夢に堕ちた。






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