ラバー

                                              漢侍受祭 お題「惚」







「開けてくれ、ルパン。」

 底冷えのする土曜日だった。正午が近いというのに、気温の上がる気配は全くない。
 廊下の声に応じてドアを開けると、大きな段ボール箱がぬっと現れた。前が見えないのだろう、袴の足
で床を探りながら侍が入ってくる。中身が何か聞く前に、甘い匂いが鼻孔を突いた。

「それ全部チョコか、五右ェ門?」
「うむ。」
「お〜お、やるねえ〜♪」

 ドスン、と床に箱を置き、侍は息をついた。頼まれもしないのに、ルパンが中を検め始める。

「ず〜いぶん気合い入ったのがいっぱいあんじゃないの。モテモテだねえ、五右ェ門ちゃん。」
「忝ない話だ。」

 真面目くさって答え、「お主はどうしておるのだ」と侍はルパンを見た。

「俺? 俺は専用の倉庫に入れてっから。」
「そうか。」

 冗談とも本気ともつかない話を真顔で受け、「さて」とまた箱を持ち上げる。

「済まぬがルパン、玄関も開けてくれぬか。」
「なに、お前も倉庫があんの?」
「返して来るのだ。」
「・・・・・・。」

 ルパンの口がパクパク開く。やっとのことで「なんで?」という言葉が出た。

「届けてくれた者達の気持ちはありがたいが、拙者、今はこれを受け取る訳に参らぬ。」
「あ〜・・・・・・。」
「今日は近場だけにするが、1人1人詫びて回るので、遅くなる。特に今日やることはないから、よいな?」

 言いたいことは山ほどあったが、ルパンは全部飲み込んだ。この侍はやると言ったらやる。

「・・・・・・まあ、がんばってこいや。」
「うむ、行って来る。車を借りるぞ。」

 ドアを開けてやる。ほどなく発進音が聞こえ、エンジンの唸りは通りへと消えていった。

「・・・・・・尊っ敬するわ、ホント。」

 ソファに戻り、灰皿を引き掴む。煙草に火を点けた時だった。

「ルパン、いるか? 開けてくれ。」

 ゴン、ゴン、とドアを叩く音がする。
 まさかと思いながらノブを回すと、果たして現れたのは段ボールだった。「悪ぃな」と言いながら、次元
が入ってくる。

「今出たの五右ェ門だよな?」
「ああ。」
「よーし。」

 テーブルの上に箱をドンと置き、「はーあ」とため息をついて次元はソファに腰かけた。段ボールの中は、
やはりきらきらしい小箱や袋でひしめき合っている。

「もの好きな女がずいぶんいるんだな。」
「見る目がある、の間違いだろ。アピールの仕方に難はあるがな。ルパン、お前も手伝え。」
「何始めんだよ。」
「決まってんだろ、食うんだよ。」
「・・・・・・これ全部か?」
「ああ。五右ェ門が帰って来る前に片付けちまわねえと。」
「・・・・・・。」

 軽い眩暈に立っていられなくなり、ルパンはソファに倒れ込んだ。

「何だよ、どうしたんだ?」

 包み紙をバリバリ剥きながら、次元が問う。「ちょっと黙ってて」と手を振り、ルパンは手にしていた1本
を吸い切った。

「あのなあ、」

 やっと起き上がり、モグモグやっている次元に言って聞かせる。

「そんなコソコソする必要あるか? 五右ェ門だってな、お前がチョコ貰ったくらいでどうこう言ったりしね
えだろ。」
「まあそうだろうな。」

 言いながらも、チョコを食べる口は休めない。

「俺が貰ったもんだ、俺の好きにしろって言うだろうさ。だけどこんだけの量だからな。何ヶ月もかけて俺
が食ってるの見たら、さすがにあいつもいい気はしねえんじゃねえか。」

 量ならあいつの方が多かったぜ、という言葉をルパンは飲み込んだ。「ん」とチョコを差し出す次元に「だ
〜れが食うか」と舌を出す。

「・・・・・・まったく、こんな色惚けが相棒だなんて、泣けてくらあ。」

 ため息と共にこぼれたボヤキに、「何だと」と次元が気色ばんだ。

「そういうお前は何してんだよ、ルパン。用もねえのにこんな所でぼーっとしやがって。」
「別に。」

 ははあんと次元の顔がニヤける。

「さては不二子からのチョコがまだだな。」

 ルパンの眉毛がピクリ、と動いた。次元はいまや喜色満面、といった顔である。

「なーにが泣けてくるだ、まったく。お前が色惚けでなくて何なんだよ。」
「うるっせえな次元お前、黙って食え! 絶対手伝ってなんかやんねえかんな!」
「へーへー。」

 新たなチョコの包装を剥き始め、「しかしどうにかなんねえのか、この甘さは」と次元は呻いた。



     *



 夜も更けた。
 読み終わった小説をポンと置き、ルパンは今日何度目かのため息をついた。
 目の前には、次元の格闘の跡が華々しく広がっている。ウィスキーと合わせたら進むんじゃねえか、ワ
インは、水は、いやしょっぱいものは、とあがいた結果得られたのは、どれも大して役に立ちはしない、と
いう結論だったようだ。とりあえず塩辛とチョコの組み合わせは最悪らしい。
 なんだかんだで全部平らげた揚句、「気持ち悪ぃ」の一言を残してダウンした男は、目の前のソファで
高いびきをかいている。見上げた根性だが、この包み紙だらけの惨状を侍に見られたのでは、元も子も
ないのではないか。
 しゃあねえな。ルパンは立ち上がった。

 外で車の音がしたのは、ちょうど片付けが終わった時だった。

「いま帰った。」
「おかえり〜。」

 白いものを払いながら、侍が入ってくる。

「あら、雪降ってんの?」
「今降り出したばかりだ。・・・・・・なんだこの匂いは。」

 侍が鼻をうごめかせる。

「あ〜、ちょっと飲んでな、次元と。それより全部終わったか?」
「うむ、あとは遠方を残すのみだ。」
「お疲れさん。」

 ソファの前に足を進め、「寝ているのか」と見下ろす。そのままつい、と部屋を出て行った。何をしに行っ
たか、大体見当はつく。
 案の定、侍は毛布を持って戻ってきた。ばさ、と広げたそれを眠る男にかけてやり、何となく眺めている。

「・・・・・・五右ェ門よぉ。」

 ルパンが口を開く。「何だ」と侍が顔を上げた。

「お前こいつのどこがいいの。」
「・・・・・・。」

 いわく言い難い顔をして、侍は口ごもった。

「お主は・・・・・・、その、特に感じぬのだな。」
「何を。」
「こう・・・・・・、見ていてざわざわするというか、目が回るというか・・・・・・、」
「・・・・・・。」

 ルパンの視線に気づき、五右ェ門は「忘れてくれ」とかぶりを振った。

「今日は疲れた。もう休むぞ。」
「惚れてんねえ。」

 背を向けた侍が立ち止まる。振り向いて言った。

「・・・・・・色惚けだ。」
「・・・・・・。」

 プーッ、とルパンが吹き出す。何かを噛み殺すように、侍も笑った。

「今夜は冷えるぞ、早く寝ろ。」
「おう、おやすみ〜。」

 バタン、とドアが閉まる。
 途端に次元が跳ね起きた。
 必死で笑いを堪えるルパンに食ってかかる。

「ルパン、お前俺が起きてんの知って・・・・・・!」

 しー、と唇に指をかざし、ルパンはウィンクした。

「一緒にチョコ食うよりよっぽどいい仕事したろ?」
「・・・・・・ちっ。」

「余計なことしやがって」と毒づきながらも、そわそわと立ち上がる。ふと思い出したように、ルパンを見下
ろした。

「あいつどこ行ってたんだよ。」
「本人に聞けよ。」

 さも面白そうな顔を睨みながら、次元は落ち着きなく帽子を直した。

「まあ・・・・・・、その、あれだ。・・・・・・ちょっと行ってくらあ。」
「どうぞごゆっくり。俺もうすぐ出かけっから。」

 ひらひらと手を振るルパンを、可哀相なものでも見るような目で、次元は眺めた。

「連絡くんのかよ。」
「来るよ。」
「・・・・・・フン。」

 まあがんばんな、と言い残し、次元が部屋を出る。
 バタン、という音と同時にルパンの携帯が鳴った。
 ワンコールでボタンを押し、愛しい者の名を呼ぶ。
 降りしきる雪が、すべての音を消した。












祭に投稿したところ、「アジトの場所がこんなに大勢の女の子にバレていて大丈夫なのか」というご感想
をいただきました。ねえ(^−^)。まあそれが元で踏み込まれても、彼らは何とかやっていくんじゃないで
しょうか。
ルパンは本当に専用倉庫を持っていると思います。






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