knock down drag out
漢侍受祭 お題「触」
重い扉を開けると、ウッドベースのうねりが突然大きくなった。
煙草の煙が充満して、ほんの2歩先の視界もきかない。怒号と笑い声の飛び交う中、無人の野を行く
ように、五右ェ門は一人悠々と酔漢達の間を歩いた。
いつもの席に、男の背が見える。
帽子の角度だけで侍には分かる。
次元は、泥のように酔っている。
「・・・・・・帰れ。」
背後に立った五右ェ門に、男は冷たく言い放った。
「・・・・・・飲み過ぎだぞ、お主。」
「放っとけ。」
構わず隣に座る。舌打ちして立ち上がりかけた次元の体が、バランスを失いグラリと揺れた。
「・・・・・・!」
抱きとめて、肩に腕を回す。
3日前と同じだった。フラッシュバックのように光景が蘇る。あの時。
好きだと次元は確かに言った。
「・・・・・・離せ・・・・・・!」
振りほどき、男がフラフラと出て行く。
残された五右ェ門に、早速派手な化粧の女が声をかけてきた。すまぬ、と詫びてから、後を追う。
*
大通りへ向かう男の腕を、ぐいと掴んだ。
路地へ引き込んだ途端、
「・・・・・・離せ、っつってんだろ。」
振り払い、次元が侍に殴り掛かった。
雑な大振りを難なくかわす。
勢いで壁にぶつかり、男はそのままぐずぐずと倒れかかった。「放っとけよ」と呻き声が漏れる。
「・・・・・・そうはいかん。」
ざり、と足を踏み出した。
「お主は、まだ拙者の答えを聞いておらん。」
「・・・・・・何の話だ。」
「好きだと言った。」
「ハッ、」
次元が顔を背ける。
「覚えてねえな。何かの冗談だろ。」
「構わん。答えを聞け。」
髭ごと顎を掴み、こちらに向けた。
「・・・・・・ん、む・・・・・・!」
思った通り、煙草の味しかしない。
唇を離す刹那、狼狽した瞳が五右ェ門を見た。
「じげ、」
「ふざけんじゃねえ。」
ボディに一発喰らい、五右ェ門はむせた。次元がユラリと近付く。
「お前、自分が何やってるか、分かってんのか。」
「・・・・・・ああ。」
咳込み腹を押さえながら、笑ってみせた。
「少なくとも、お主よりはな。」
「・・・・・・チッ、」
再び繰り出された拳を、手の平で受けた。離さない。手首を引き上げ、自らの頬に押し当てた。
「なにす・・・・・・、」
「何を恐れている。」
男の手の上から、ぐっと自分の掌を押し付ける。
「触れ。」
「・・・・・・、」
「ちゃんと触れ。」
男の目を正面から見据えた。
「よく確かめろ。拙者がそんなにヤワかどうか。」
「・・・・・・。」
次元の顔が歪む。その瞳に射す色が、苦痛なのか愛しさなのか五右ェ門には判別できなかった。分
かるのは自分の心だけだ。まっすぐに告げた。
「・・・・・・好きだ。次元。」
くそ、と男が呟く。
「・・・・・・ぶっ殺されてえのか。」
それもいい、と微笑した瞬間、唇が塞がれた。
荒々しい抱擁。高揚と焦躁。押し付けられた次元の唇に容赦なく侵犯され、眩暈と熱でうまく息がで
きない。
死ぬかもしれんな、と思った。
「dolce」の古屋さんが祭に投稿された作品「触って」を見て、ゴエの強烈な視線にイチコロにされまし
た。どうやったらゴエがこんな表情、しぐさをするだろうと考え始めたら止まらなくなって、書き上げた
挿文がこれです。捏造もいいとこです(^−^)
タイトルの「knock down drag out」は、「倒れるまでやる」、「熾烈な」という意味。
古屋さん、挿文許可をありがとうございました!
古屋さんのイラストはこちら! → 「触って」
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