死闘
あと三発。
ソファの影に転がり込んだ拍子に飛んで行きそうになった帽子を押さえ、次元は残りの弾数を頭に入れた。ドアの外の男は間を置か
ず飛び込んで来るだろう。もっともそこは「ドア」ではなく、「元ドアのあった場所」だが。
無意識に煙草を探りながら、ひどい有様の部屋をぐるりと眺めた。壁の絵には生々しい銃痕、本棚も無惨に倒れ、たった一分前までく
つろいでいた名残は跡形もない。やれやれと頭を振り、次元は再び考えを巡らせた。
銃の効かない相手だ。まともに狙っても勝ち目はない。おびき寄せて、搦め捕るか。
やっと見つけた煙草をくわえ、ライターを鳴らした、その時。
突然、背後の窓ガラスがすとんと落ちた。
「!」
ガッシャアアァン!
落ちた途端に砕け散る破片の雨から逃れ、次元は一発ぶっ放した。いつの間に外へ回ったのか、窓から飛び込んで来た男が、銃弾
を白刃で弾き返す。
「 ちっ!」
テーブルの端を思いきり踏み込んだ。反動で跳ね上がる反対側が、男の顎にヒットする。ぐっ、という声を背で聞きながら、ドアの外へ
脱出した。 あと二発。
態勢を立て直した男が、ざり、と破片を踏み締める。無駄だと知りながら、呼びかけた。
「動くな、五右ェ門!」
「・・・・・・。」
男の足が止まる気配はない。
愛刀を構え直し静かな息を吐く侍は、今にも飛び掛からんとする気合いに満ち満ちていた。次元が撃たないと思っているのではない、
全力でかわすつもりなのだ。
おもしれえ。
薄く笑い、次元は銃を構え直した。
チキ、と侍が刀の腹を見せる。
来る!
侍が地を蹴った瞬間、すぐ脇の花瓶を撃ち抜いた。
「!」
反射的に避けた侍が、ドンピシャの位置に飛びすさる。ためらわず、次元は頭上のシャンデリアを墜とした。一瞬、白刃が閃くのが見
え 、
グァッシャアアァァン!!!
キラキラ光る破片と埃の舞い上がる中、手を忙しく動かしながら次元は舌打ちした。弾倉をガチ、と戻す。 まあいい。今ので
弾込めする時間くらいは稼げた。
もうもうと立つ埃をまとい、斬り捨てたシャンデリアの残骸の真ん中に、侍はほぼ無傷で立っていた。微かな頬の血を指でぴ、と拭う。
「 やるじゃねえか。」
「 お主もな。」
静かな目が、澄みきっている。獲物を前にして集中した獣のようだ、と次元は思った。おそらく自分も似たような状態なのだろう。
五右ェ門が再び正眼に構える。その真ん前に、次元は足を踏み出した。
「・・・・・・嬉しいぜ。」
侍の眉間を正面から狙い、マグナムを構える。
「・・・・・・いっぺん、サシでやってみたかったんだ、お前とは。」
照準の向こうで、侍が無表情に「奇遇だな」と呟く。
「 拙者もだ。」
「・・・・・・。」
煙草を吐き捨て、次元は笑った。
「 行くぜ。」
「 覚悟。」
ガゥン!
轟音と共に放った銃弾が、侍の眉を掠めた。横ざまに避けた五右ェ門が、鞭のようにしならせた体をドン、と発射させる。この距離じゃ
不利だ。 だが、あと一歩、懐に入れば 、
ゾバア、と空気をつん裂くような音が次元を襲う。痛みはなかった。が、どこか一本くらいやられているかもしれない。もうどうでもいい。
草履の足元に転がり込み、美しい喉笛目がけて銃口を突き付けた。斬鉄剣の先が、自分の喉に下りてくるのを見た。
「そこまで〜ッ!」
どばっしゃああぁぁん!
声と共に突然ぶっかけられた冷水に、二人の動きは同時に止まった。
「・・・・・・?」
呆然と上げた目に、世にも恐ろしい形相の生き物が映る。
「ル、ルパン・・・・・・、」
間の抜けた声を出し、雫を滴らせた侍が力なく愛刀を下ろした。次元ももそもそ立ち上がる。バケツをガン、と放り投げ、ワナワナ震え
ていたルパンが、ようやく口を開いた。
「・・・・・・こっの、バァッケァローどもがあああ!!!」
「!!」
大音声に身をすくめた二人に、ルパンは容赦なく怒声を浴びせた。
「明日の準備も無事完了、って時に、なんってことしてくれちゃってんの!? 次元!」
「・・・・・・すまねえ。」
「五右ェ門!」
「・・・・・・あいすまぬ。」
ふーん、と鼻嵐を吹き、ルパンはどっかと床に座った。
「聞かせてもらおっじゃねえか。なんだってこんな大喧嘩始めちまったのか。」
「・・・・・・。」
ガンマンと侍が顔を見合わす。口を開いたのは五右ェ門の方だった。
「・・・・・・元はと言えば、拙者が悪いのだ。」
*
明日の準備が整い、気をよくしていたのは次元も同じだった。
鼻歌混じりで愛銃を磨いていた時のことだ。目の端に、洗面器を持つ侍の姿が引っ掛かった。
「五右ェ門? 何やってんだ?」
「 、」
ドアの前を行き過ぎようとしていた五右ェ門が、少しためらってから、こちらに入ってくる。手にした洗面器からは湯気が上がっていた。
「 拙者、頭を丸めようと思う。」
「何だって?」
マグナムを取り落としそうになるのを、かろうじて次元はこらえた。瞬時に思い当たる。
「昨日のあれか。」
「うむ。拙者の悪い癖で、またお主らに迷惑をかけた。ここは性根を入れ替えるつもりで剃髪し、明日の仕事に当たろうと思う。」
「やめとけやめとけ。」
「 !」
少しムッとしたように、侍が次元を見る。
「なぜだ。」
「確かにお前のお人よしは悪い癖だ。だがな、頭ツルツルにしたからってンなもんが治るかよ。ルパンの女癖と一緒だ。」
「・・・・・・。」
一層不服気に侍が唇を尖らせる。「それにな」と言って次元は立ち上がった。
「その頭がいいんじゃねえか、お前は。」
「・・・・・・!」
洗面器で両手が塞がれているのをいいことに、後ろから抱きしめてやった。ついでに、流れる黒髪と首筋にキスしてやる。
「・・・・・・な、この髪でいろよ。」
「・・・・・・次元、」
「ん?」
洗面器をテーブルにどん、と置き、侍は次元を見据えた。
「お主、なぜこの髪が好きなのだ。長いからか。」
「長いってぇか・・・・・・、似合ってるからだ。他に理由なんかねえだろう。」
「ひょっとしてお主・・・・・・、拙者を女子に見立ててはおらぬか。」
「あのなあお前、」
次元が言い終わらないうちに、侍は腰へ手をやった。
「もうよい斬る!」
「あっ、ばか! やめろ!」
スラリ、と斬鉄剣を抜いた五右ェ門の目が、完全に本気であることを告げている。自ら剃髪するには長すぎる刀だが、この侍には全く
問題にならなかった。髪束をぐいと握り、刀を振りかざす。
「やめねえか、五右ェ門!」
銃声が一発、鳴り響いた。
人間業とは思えない動きで弾を斬り捨て、侍が顔を上げる。
「次元、お主・・・・・・、」
「・・・・・・どうしてもやめねえってんならな、力ずくでも止めるぜ。」
「・・・・・・おもしろい。」
五右ェ門がふ、と笑う。
「止めてみろ。 できるものならな。」
立て続けに二発、銃弾が放たれた。
闘いの火蓋は、こうして切って落とされた。
*
話の途中からだんだんうなだれ始めていたルパンの頭は、終わる頃には額が床につくまでになっていた。地の底から響くような声が
する。
「・・・・・・なんて・・・・・・、どうでもいいんだ・・・・・・、」
「どうでもいいとは何だ」と五右ェ門がいきり立った。
「男としての矜持の問題だ。女子扱いされたのでは、拙者の沽券に関わる。」
「だからしてねえって・・・・・・、」
「んじゃ聞くがな五右ェ門、」
ルパンがいきなり顔をあげ、次元の抗議を遮った。
「もし次元が髭剃るっつったらお前どうする? 突然スキンヘッドやスポーツ刈りにしてきたら?」
「な!?」
一瞬固まり、それから侍はまくし立てた。
「ならぬ!! 次元はそのナリがよいのではないか! 誰が何と言おう・・・・・・と・・・・・・、」
急に語尾を萎ませ、とうとう五右ェ門はがっくりと膝をついた。
「・・・・・・すまぬ次元。拙者が悪かった。」
「分かってくれりゃあいいんだ。」
肩をぽんぽんと叩き、次元は言った。
「ついでにあいつにも謝っとこうぜ。」
「・・・・・・。」
もはやすべての気力をなくしたらしく、ルパンはぐんにゃりと身を横たえている。傍らに膝を付き、五右ェ門はおそるおそる声をかけた。
「・・・・・・すまなかった、ルパン。」
「い〜のよい〜のよ」と突っ伏したまま、ルパンが言う。
「こんっなにくだらない理由で大事な仲間二人失わずに済んで、ホント良かったよ。」
「・・・・・・すまぬ。」
「お前頭丸めるのぜってー禁止な。」
ムム、と一瞬詰まってから、「あい分かった」と五右ェ門は頷いた。「次元も」とルパンが顔を上げる。
「もちっとマシなこいつの止め方、考えとけ。」
ねーよそんなの、と言いそうになるのをこらえ、次元も渋々頷いた。
この調子じゃ、また同じようなことが起きるんだろうなあ・・・・・・。
深いため息をついてから、ルパンは跳ね起きた。まいっか。そしたらまた水ぶっかけるさ。
「さ、そうと決まりゃ、お片付けお片付け! お前らとりあえず二人で風呂入って乾かしてこい!」
「ル、ルパン! 拙者二人で風呂など・・・・・・、」
「ダメ! 時間がもったいないから、さっさと入ってこい!」
「いいこと言うじゃねえかルパン、ほら五右ェ門行くぞ。」
「次元! お前妙なことしやがったら、風呂ごと爆破するからな!」
「大事な仲間じゃねえのかよ!」
もはや廃墟同然のアジトに、いつもの声が響いた。
二人の本気の大喧嘩が書きたかったんです。それでルパンに超怒られる、というのも書いてみたかった。ごめんねルパン、こんな役
回りで(^−^)。
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