クリアー (原案:睦月さん)

                                              漢侍受祭 お題「風」







 バタン、ドカン、という音で、不意に次元は目を覚ました。
 なんだ・・・・・・?
 二日酔いの頭で処理できる情報は極端に少ない。窓から差し込む朝の光も、聞こえて来る騒がしい音
も、ただ煩わしいだけだった。ナイトキャップを耳の下まで引っ張り下げ、寝直そうとした瞬間、

「起きろ、次元!」

 乱暴にドアが開き、聞き慣れたけたたましい声が響く。無視を決め込む次元の毛布は、いとも簡単に引
っぺがされた。

「何すん・・・・・・!」

 抗議の声が急にかき消える。代わりに漏れたのは、「何だそりゃあ」という間の抜けた問いだった。

「何って、お仕事に決まってんじゃないの。ほら起きろ。」
「弁当屋でも始めんのか。」

 次元の問いは無理もなかった。割烹着に三角巾、という昔懐かしのいで立ちで、「ばぁっけぁろ」とルパ
ンが喚く。

「天下の大泥棒様つかまえて、弁当屋はねえだろが。次の仕事の準備だよ。このアジトの床板ぜ〜んぶ
引っ剥がすから、起きて手伝え。」
「マジかよ・・・・・・。」

 頭をバリバリ掻いて呻く次元に、白いものが投げられる。「さっさと来いよ」と言い残し、ルパンは出て行
った。
 つまみ上げた割烹着から、ぴらりとフリルがこぼれる。「マジかよ」ともう一度呟き、頭を抱えた。



     *



 大きなテーブルを引っ張り出していた侍が、振り返る。

「起きたか、じげ・・・・・・、」

 言いかけ、開いた口が塞がらない。次元も同じだった。割烹着に三角巾姿のいい歳こいた男2人は、そ
のまま永遠に見つめ合うかと思われた。

「似合うな・・・・・・。」

 やっと次元の口から出た言葉に、侍がムッとする。

「言っておくがな、誰よりも似合っているのはお主だぞ。」
「な!?」

 食ってかかろうとする次元を、ルパンがどやしつけた。

「次元、イチャつくのは全部終わってからにしろ! お仕事お仕事!」
「・・・・・・どこをどう見たらイチャついてるように見えんだよ。」

 がっくりうなだれる男に、「ほらそっちの角を持て、次元」と、容赦ない侍の声が飛んだ。



     *



 澄みわたる秋晴れの空に、思わず深呼吸が出る。こんな所にアジトがあるとは誰も思わないような、ド
田舎の田園風景だった。豊饒、と呼ぶにふさわしい稲穂の海の上、ずいぶん高い所に鰯雲がある。

「だいたい全部出たかな〜?」

 ルパンの声に転じた目の先には、美しい空とは対象的な光景が広がっていた。ベッドや本棚などの大
きな家具から、何だかよく分からない箱や紙袋の類まで、家の中にあったもの全てがごちゃごちゃと庭
先に積み上げれている。釣竿やスキー板を抱えて出て来た五右ェ門が、「これで最後だ」と請け合った。

「よ〜し、ほんじゃ俺ちょっと篭ってくっからよ、こっち片付けといてちょーだい。」
「おい待てルパン、お前何する気だよ。」
「いやちょ〜っと床下に仕掛けをな♪ 終わったらこれ全部元に戻すから、かさ減らしといてね〜。」

 飛ぶように部屋へ駆け戻る背を眺め、「やれやれ」と次元はため息をついた。

「かさ減らせったってなあ・・・・・・。」

 膨大な量を前に、しばし佇む。

「・・・・・・適当に燃やすか。」
「そうだな。」

 決めてしまえば話は早かった。



     *



 秋の陽は存外に温かく、パチパチとはぜる焚き火とあいまって頬を軽く火照らせる。赤トンボがつい、と
目の前を横切り、立てかけてあるキャンバスに止まった。五右ェ門は首を傾げている。

「こんなものを盗んだか・・・・・・?」

 振り返り「次元」と呼んだ。呼ばれた男は返事もせず何か熱心に読み耽っている。

「・・・・・・?」

 そうっと近付き、背後から覗き込んだ途端、侍の顔色が変わった。次元の手から紙束を引ったくる。

「卑怯者!」
「別に見られて困るもんでもねえだろう。」

 次元がのんびり立ち上がった。

「人の作品を隠れて読むとは・・・・・・! お主それでも男か!」
「別に隠れてねえよ。それに読んだところで俺にゃさっぱりだ。短歌か?」
「俳句だ。」
「何でもいいがな、『一切れの 沢庵恋し レキシントンアベニューホテルメトロポリタン字余り』ってのは、
いくら何でも余り過ぎじゃねえか。」
「うるさい!」

 紙束を火にくべるが早いか、五右ェ門は愛刀をスラリと抜いた。

「よいか、今すぐ忘れろ次元。さもなくば・・・・・・、」
「忘れた! 今忘れたもう忘れた!」
「・・・・・・フン。」

 刀を納め、「それよりこいつだ」と五右ェ門はキャンバスの方へ顎をしゃくった。

「どう見ても値打ちがある絵とは思えん。次元、こんなものを盗んだ覚えはあるか。」
「・・・・・・!」

 今度は次元の顔色が変わった。

「どうした。」
「何でもねえ。・・・・・・あれだ! ルパンがまた女に騙されて売り付けられたとかじゃねえか。あいつもまっ
たくしょうがねえな。」

 やたら饒舌な次元を見つめる五右ェ門の目が、薄く光った。

「そうかではルパンに聞いてこよう。」
「悪かった五右ェ門勘弁してくれ。」

 次元が地に頭を擦り付ける。「これで拙者の気持ちがよく分かったろう」と侍が笑った。

「・・・・・・しかしお主にこんなものを描く趣味があったとはな。」
「1回きりだ。魔が差してな。・・・・・・ったく、とっとと捨てとくんだったぜ。」

 ポイと放り込まれたキャンバスに、一瞬、焚き火の力が弱まる。次の瞬間、油の染みた布地は勢いよく
炎に包まれた。


 ボロボロの吉川英治全集はもう捨てたらどうだとか、それならお主はチャンドラーを燃やせるのか、と
か、「ごめんなさいねルパン」としか書かれていないカードを何百枚も、なんであいつは後生大事にとっと
くんだとか、あやつのためにもそれは燃やそうとか。
 世界中の地図、変装用の衣装、飛行実験に失敗して折れた翼、鍵開けの練習に使った小道具類、3
人で考えた暗号表。
 次元が投げるそばから侍が切り刻み、それらは炎の中に次々と消えていく。次第に大きくなる焚火の
山は、屑を飲み込むたびに激しく燃え盛った。

「・・・・・・こんなもんか。」
「そうだな。」

 すっかり見晴らしのよくなった庭をぐるりと眺める。焚き火の前に置かれたソファに、2人はやれやれと
腰を下ろした。煙草を取り出した次元に、「拙者にもくれ」と隣の侍が手を伸ばす。

「珍しいな。」
「そういう気分だ。」

 ふー、と2人が吐く白い煙は、秋の真っすぐな風に流されすぐ消えた。遠くの稲穂がざわめいて、草の
匂いがここまで運ばれてくる。柔らかい光と懐かしいような匂いに、2人はゆっくり目を閉じた。犬の遠吠
えが聞こえる。

「そう長い付き合いとも思わねえが、」

 眠そうな声で次元が言う。

「なんだかんだで、いろいろあったな。」
「・・・・・・うむ。」

 焚火の山が崩れる。火の粉が風にさらわれ消えた。「無常だ」と侍が呟く。

 明日には全て消えてなくなるのかもしれない。ちょうどこんなふうに。
 一つ伸びをして次元は空を眺めた。それでいいと思った。

 そのくらいがいい。

 五右ェ門が身を乗り出し、棒で火をつつく。秋の空にまた光る粉が舞った。
 侍の肩がかすかに触れる。「次元」と呼ぶ声に「ん」と答えた。

「好きだ。」
「おう、知ってるぜ。」

 ふ、と侍は笑ったらしかった。
 風が吹いて、煙の流れが変わった。
 遠くで烏が一声鳴いた。












祭のチャットで「変質的シュミ」の睦月さんが、「肩がちょっと触れ合って、視線は逸らしたまま『好きだ』『お
う、知ってるぜ』みたいな」のがいい、というお話をされたのです。いやもう萌えた萌えた!(^−^)とうとう書
いてしまったのがこれです。
そしたらなんと、一緒にチャットしてた「dolce」の古屋さんがイラストを描いてくださいました!
全部合わせて、睦月さんと古屋さんと私の宝物です。古屋さん、ありがとうございます!
古屋さんのイラストはこちら! → 「クリアー」






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