アブノーマル








「あれか? 例の骨董屋ってのは。」
「だろ。」

椅子の背でマッチを擦り、次元が投げやりに答える。不機嫌なのは、いつものソファを追いやられたからではないら
しかった。煙草に火をつけた男の肩越し、開け放たれたドアの向こうには、隣室で楽しそうに語らう二人組の姿が見
える。ずらりと並べられた名刀の一つを手に取り、何か話している侍の顔はこちらからは見えないが、その背だけで
相当上機嫌なのが分かった。賑やかなリビングに背を向け黙々と煙草を吸う相棒と交互に見比べ、ルパンはやれや
れと肩をすくめる。

      お前も参加すれば?」
「興味ねえ。」
「あそ〜お?」

次元の肩につかまり伸び上がるようにして、隣室を窺った。

「オレは興味あるけどな〜。あの堅物侍に懸想する男なんてなァ、一体ど〜んな奴なのかしら、ってね。」
「・・・・・・。」

ギロリと向けられた眼光をかわし、ルパンは楽しげに腕を捲る。

「ちょ〜っとお茶でも出して来よ〜っと♪」
「勝手にしろ。」

舌打ちして、次元は椅子の背にしがみついた。きゅー、と音がするくらい強く吸った煙草を放り捨て、無造作に踏みに
じる。勢いよく吐き出された煙は不穏に漂い続け、いつまでたっても消えなかった。



     *



たっぷり三時間は居座った客が、ようやく暇を告げたらしい。賑やかな一団は賑やかなまま、リビングから玄関へ移
動し始めた。「じげん! じーげーん!」と呼ぶ声がする。

「・・・・・・何だよ。」

のっそり出て行った次元を、相棒のニヤケ面が迎えた。隣に立つ侍までもが、珍しくにこやかだ。

「次元、紹介がまだだったな。こちらが士条殿だ。」
「・・・・・・。」

煙草を咥えたまま、次元は男を黙って見上げた。
でかい。五右ェ門より10cmは背の高い男だった。日本人なのだろうが、長い前髪から覗く切れ長の目は、グレイがか
っていて妙に明るかった。深く彫り込まれた彫刻のような鼻梁も、固く引き結ばれた口元も完璧に整っているのに、ど
こか嘘寒いような印象を次元に抱かせる。それにしてもモデルや俳優ならいざ知らず、なぜこんな男が骨董屋を、と思
わずにいられなかった。疑問はもう一つある。

      なんだって俺はこんなに威嚇されてんだ?

長身の色男が放つ威圧的なオーラに、ルパンと五右ェ門が気づく様子はなかった。どうやらこの挑発は、次元にのみ
向けられているものらしい。
不可解や不快を通り越して、むしろ可笑しくさえあった。一見友好的な微笑を浮かべた涼しい瞳は、明らかに次元を
敵と捉えている。

      はじめまして、士条です。」

丁寧に名刺を差し出しながら、男が挨拶を述べた。体の底から響くバリトンが、なぜこんなに神経を逆撫でするのか分
からない。男が求める握手に応じながら、次元は快活に笑ってみせた。

「よろしく、次元だ。あいにく名刺は切らしててな。」
「素敵な名前ですね。」
「ありがとよ。あんたもなかなかだ。」
「骨董にご興味は?」
「あいにく俺はさっぱりだ、こっちのお侍と違ってな。相手すんのは大変だったろ。」
「とんでもない!」

男の晴れやかな笑顔が、凄まじい瘴気を飛ばしてくる。次元の全身が粟立った。

      五右ェ門さんとは趣味が合うみたいです。とても楽しかったですよ。」
「拙者こそ大変ためになった。」

熱心な様子で五右ェ門が頷く。「そうかい」と侍に返す次元を、男がじっと見つめている。

      ご迷惑でなければ、また伺っても?」
「迷惑なんかじゃねえさ、五右ェ門の客だ。」
「是非またお越し願う、士条殿。」

屈託なく答える侍に悠々と笑みを返し、男は一礼して去った。ドアが閉まった途端、ルパンが「ぶはぁー!」と息を吐く。

「いっや盛〜り上がったなぁおい! もう火花バッチバチで、俺ァおしっこチビるかと思ったぜ。」
「何の話だ、ルパン。」

きょとんとして侍が尋ねる。お見通しかよ、と鼻を鳴らす次元の肩を叩き、人の悪い相棒は耳打ちした。

「がんばれよ、次元。」
「ああがんばるよ。」

やけくそ気味に答えると、ルパンは笑い出した。全く気づく様子のない侍とゲラゲラ笑う相棒の差に、知らず大きなた
め息が漏れた。



     *



      たまはがね?」
「そうだ。」

目を輝かせて五右ェ門が頷く。

「日本刀の元になる鋼の塊でな、職人が炉を組み、ふいごを踏んで、三日三晩ものあいだ炎と格闘した挙句やっとで
きあがる、大変なものなのだ。」
「昔ながらの製鉄法って奴か。」
「うむ。近年めったにやらぬが、今年は奥出雲でやるらしい。士条殿のつてで見学させてもらえることになった。のみな
らず、玉鋼まで少し分けてくれるというのだ。どうだ、お主も行かぬか。」
「・・・・・・。」

またあいつか。
渋い顔になるのをどうしても抑えられなかった。それでなくてもこのところ士条は、五右ェ門の修業刀選びとやらのため
に毎日ここに通い詰めている。紳士的な態度こそ崩さないものの、男の狙いはもはや誰の目にも明らかだった。
毎日毎日五右ェ門のために携えてくる土産も、ちらちら見せる思わせぶりな仕草も気に入らなかったが、何より次元の
癇に障ったのは嬲るようなあの視線だ。自分の存在を承知の上でコナをかけてくる士条も士条だが、男にどう見られて
いるか一向に気づく様子もなく喜んで相手する侍も侍だった。
興奮気味の恋人から視線を外す。帽子の鍔をぐいと下げ、次元は言った。

「俺は行かねえ。」
「・・・・・・。」

顔を見なくても侍の落胆が分かる。沈黙の後、至極真面目な声が、「次元」と呼んだ。

「・・・・・・お主は、士条殿が嫌いなのか。」

あいかわらずストレートな男だ。他に答えようがなく、次元は「ああ」と言い捨てた。

「なぜだ。」
「・・・・・・。」

なぜだ、ときたもんだ。
頭を抱えたくなるのを我慢して、五右ェ門を見据えた。

「こんなこたァ言いたかねえがな、あいつがお前を見る目に、少しは気づかねえか?」
「・・・・・・。」

何を言われたか最初は分からないようだった。みるみるうちに色を変えてゆく侍が、唇を震わせて「見損なったぞ」と
呟く。

「・・・・・・士条殿がよくしてくれるは、全くの善意からだ。妙な目で見ているのはお主の方ではないか。」
「いい加減にしろ。まだ分かんねえのか。」
「誰と親しくしようが拙者の自由だ。」
「ああそうだよ!」

完全に頭にきた。勢いに任せてぶちまけた。

「そうだ、お前の自由だ。だから毎度毎度訳の分かんねえのに引っ掛かろうが、半年も一年も修業に出ようが、いつ
も好きにさせてやってるじゃねえか!」
「・・・・・・。」

押し黙る侍を見てハッとした。もう遅い。言わなくてもいいことを、自分は言ってしまった。

「・・・・・・お主は、不満なのだな。」

静かな声で侍が言う。目から怒りが消えている。事態が深刻になったことを次元は知った。

「違う、俺は      、」

口をついて出かけた言葉に驚き、慌てて飲み込んだ。俺は     
黙りこくる次元を、侍はただ見つめた。それから、はっきりと告げる。

「拙者は行く。」
      勝手にしろ。」

立ち尽くす次元の後ろで、ドアがバタンと閉じた。



     *



      言っちまえばいいのに。寂しいんだって。」

ルパンがひょいと顔を出す。
言えるか!
叫ぶ代わりに、次元はドスンとソファーに腰を降ろした。何でもかんでも見通しやがって。

「泣いてすがれないようじゃ、お前もま〜だまだだな。」
「・・・・・・うるせえ。」

搾り出すように言う次元を見下ろし、ルパンは頭の上で両手を組む。

「どーすんだ次元、あの調子だと五右ェ門ちゃん、士条の毒牙にかかっちまうぜ?」
「子供じゃねえんだ、ほんとに嫌なら斬って捨てるだろ。」

頬杖をつき、うそぶいた。実際のところ神に祈りたいくらいの心境だったが、ルパンの前でそんな顔は死んでもしたく
ない。

「斬って捨てる、ね。・・・・・・それができりゃあ、問題ねっけどよ。」
「・・・・・・どういう意味だ?」

含みのある声に、嫌な予感が走る。ルパンの瞳が鈍く光った。



     *



想像以上に過酷な現場だ。
凄まじい業火に包まれた炉には、人間の介入する余地など全くなかった。職人達は時おり木炭を放るくらいで、後は
ひたすら炎を見つめている。その職人達を同じ場で見守るだけで、こんなに体力が奪われるとは思わなかった。高温
は元より覚悟のうち、想定外だったのは作業場の乾燥と、舞い上がる灰燼の凄まじさだ。最初に目がやられ、それか
ら鼻と喉が潰れた。真夜中を過ぎても休憩を拒み、全工程を目に収めると意気込む侍を、職長は、二十年早いと笑い
ながら諭したのだ。

「・・・・・・大丈夫ですか?」

用意された飯場の一室から、隣の作業場はよく見えた。窓に映る炎の気配を未練がましく眺めている侍に、士条が
水を差し出す。「かたじけない」と受け取り、一息に飲み干した。
確かに未熟だ。あの炎から離れて初めて、自分が思いのほかぐったりしているのに気づく。

「・・・・・・一つ、聞いてもいいですか?」

士条に問いかけられ、侍はようやく窓から目を離した。

「あなたのような方が、なぜ泥棒を?」
「・・・・・・ 知って、おられたか。」

少し驚く侍に、男が笑う。

「ご自身で思っているよりも、あなたは有名ですよ。」
「有名なのはルパンでござる。」
「あなたは、欲得とは無縁の人でしょう。」
「・・・・・・。」

黙って窓の方へ向き直った。しばらく考えてから、結論を言う。

「士条殿は思い違いをしておられる。      拙者は、強欲な人間でござる。」
「誰よりも強くなりたい?」
「・・・・・・。」

言い当てられた。口をつぐむ五右ェ門に、士条がゆっくり歩み寄る。ふと、眩暈を覚えた。

      立派な願いではないですか。」
「いや、」

首を振った。どうも相当に疲れているらしい。くらくらする。

      おぞましいことでござる。一度願うと、他の誰をも省みることができなくなる。」
「彼でさえも?」

くわん、と視界が揺れた。別れ際に次元が放った言葉が、頭を巡る。
寂しそうだった。
自分があんな顔をさせたのだ。

      確かに、あなたは少し欲が深いかもしれないな。」

遠くの方で、士条の声がこだまする。立っていることができず、五右ェ門は窓枠に寄り掛かった。
突然、耳のすぐ側で、声が轟いた。


「君の志とあの男は、両立しない。」


「!?」

振り向いた途端に、膝が崩れた。「おっと」と支えた士条が、そのまま五右ェ門を床に押し倒す。馬乗りになられても、
侍には何が起きたのか分からなかった。

「士条殿      、」
「私になさい。」
     !?」

唖然とする五右ェ門を見下ろし、男が静かに言う。

「私なら、君の全てを受け止められる。」
「・・・・・・!」

次元の警告が、正しかった。
頭の中がぐらぐら揺れて、体に力が入らない。さっき飲んだ水か、と気づいたが、何もかももう遅かった。大柄な男が
覆いかぶさり、五右ェ門のこめかみに唇を押しつける。生温い舌が、頬を伝って首筋へ下りてくる。

「やめ・・・・・・!」

視界の端に斬鉄剣が映った。夢中で掴んだ。

「!?」

馬鹿に軽い。混乱する侍の手から悠々と奪い、士条が抜いてみせたそれは、竹光だった。

「悪いな。すり替えさせてもらった。」
     !」

口調が変わっている。これが男の素顔だったのか。粛然と侍を見下ろす氷のような眼差しに、これがただの骨董屋
などである訳がないと今更ながら五右ェ門は歯噛みした。竹光を放り、侍の両腕を押さえつけて、男が膝で侍の脚
をゆったりと割りにかかる。思うに任せぬ下半身に力を込め、必死に抵抗した。

「ふふ、けなげだな。」

目を細め、男が喉を鳴らす。

「もうあの男にさんざんされているくせに。いや、だからこその貞節か。」
「・・・・・・!」

カッとなったのがまずかった。隙をついた男の膝が、五右ェ門の股間にぐりり、と押し付けられる。嫌悪に呻く侍の両
腕を今度は片手でまとめて押さえ込み、男は上衣の前を荒々しく開いた。

「美しい・・・・・・。」

五右ェ門の体に男が見とれる。押さえつける力が一瞬弱まった。膝を開かされたおかげで片脚だけ自由になってい
る。機を逃さず、思いきり跳ね上げた。

「おっと。」
「くっ!」

男の脇腹に入りかけた蹴りが、すんでのところでかわされる。「すごいな」と男は笑った。

「・・・・・・あれを飲み干してもまだそんなに動けるのか。もうだいぶ体は緩んできただろう?」

微笑を浮かべ、はだけた胸を指でなぞる。なだらかな隆起の頂点に辿りついた指が、突起を少しこねくり、それから
ぎゅっとつねり上げた。

「う!」
「君はただ感じていればいい。今までに知らなかった快楽をあげよう。」

ぎりぎりと乳首を引っ張った指が、不意にそれを離す。息をついたのも束の間、今度は袴を撫で上げられて、五右ェ
門の全身に鳥肌が立った。蛇が這うような愛撫が太股から内股に移り、侍の局部に移る。「ああ」と男が残念そうに
言った。

「まだ柔らかいな。」
     !」

衝動のままに、五右ェ門は跳ねた。

「がはっ!」

頭突きを鼻面に思いきり喰らい、男がよろめく。逃れようとした瞬間、

「ぐあぁっ!」

睾丸に加えられた痛みに、侍は絶叫した。

「ふふ・・・・・・、」

手の中で陰嚢を転がしながら笑う士条の鼻から、赤いものがぼたぼたと落ちる。無造作に拭い、血まみれの手で男
は褌に手をかけた。目の色が変わっている。狂ったように暴れる侍を凄まじい力で押さえつけ、男は「素晴らしい
・・・・・・」とうわごとのように呟いた。

      君は最高だ。愛してるよ。」

布をぐいと引き、緩んだ隙間から侍の性器を引きずり出す。萎えたものをわしづかみ、舌を突き出して近づけた瞬間
     
爆音と共に、銃弾が舌先を掠めた。

「・・・・・・離れろ、士条。」

入口に立つ男が、静かに告げる。声を聞いただけで五右ェ門のみぞおちが震えた。

      ヒーローのご登場だ。」

慌てるでもなく言い、男が身を離す。跳ね起きようとして体がままならず、侍はよろめいた。支えの手を伸ばしかけた
男に「触んな」と次元が警告を発する。士条が鷹揚に笑った。

「格好いいな、あなたは。」
「よせよ。」

落ち着いた声だ。こんなに怒っている次元を、五右ェ門は初めて見た。侍には視線を向けず、次元が淡々と続ける。

      ただの薄汚え泥棒さ。お前さんと同じな。」
「!?」

仰天する侍を横目に、士条は「さすが」と両手を挙げた。

「ルパンが調べましたか。確かに、最初は斬鉄剣が狙いでした。・・・・・・でも、気が変わった。」

片膝をつく五右ェ門を愛しげに見下ろす。それから、次元に向かって言い放った。

「あなた、自分が五右ェ門にふさわしいと思いますか?」
「思わねえ。」

即答だった。「正直な人だ」と士条が笑う。にこりともせずに次元は続けた。

「俺は足枷になるんだ、多分な。      だから、そいつがいつでも自由に選べばいい。そう思ってる。」
「なるほど。じゃあ選んでもらいませんか、今。」
「・・・・・・。」

男の提案に、次元が目を伏せる。低く笑い、士条は侍に手を差し伸べた。

「さあ、五右・・・・・・、」
ドスゥ!

肉に埋まるような重い音と共に、士条の体は突然後ろに吹っ飛んだ。男に目もくれず、侍は次元に向かってつかつか
と歩いてゆく。何か言う前に、次元の体も派手に吹っ飛んだ。

「・・・・・・このたわけめ・・・・・・、」

二人まとめてぶん殴った拳も、その声も、ぶるぶると震えている。呆然と見上げる次元に向かって、五右ェ門は叫ん
だ。

「選ぶ余地などあるか! 馬鹿者!」
      、」
「士条殿、お主の言うとおりでござる。」

振り返り、侍が男を見すえる。

「拙者らは互いにふさわしくない。おそらく、互いに必要なものを与えてはいない。      それでも、」

まだ座っている次元の手を取り、引き上げた。男の肩を抱き、顔を上げる。

「この男しかあり得ぬのです。」
「・・・・・・分からないな。」

士条が首を振る。大まじめな顔で、五右ェ門も答えた。

「拙者にもさっぱり分からぬ。」
「ふっ、」

肩をすくめ、男は立ち上がった。服の埃を払い、思い出したように部屋の隅へ歩いて行く。取り出した刀を五右ェ門に
放り、一言言った。

「お詫びです。」
      。」

愛刀の無事を確かめ、侍が顔を上げると、男の姿は既になかった。



     *



「・・・・・・。」

二人きりになった部屋に、重苦しい沈黙がのしかかる。
先に動いたのは五右ェ門だった。支えていた次元の肩をそっと外し、黙って部屋を出る。
いたたまれなかった。弁解の余地が全くない。結局、全部次元の言うとおりだったのだ。

体の赴くままに暗い廊下を歩き、風呂場に入った。血にまみれた衣服を全部脱ぎ捨て、洗い場のタイルに足を踏み
入れる。狭く古風な洗い場の中で、やっと一つ息をついた。シャワーの詮を捻り、熱い湯に頭を突っ込む。
何と言って詫びたものか。いっそ黙ってここを出て行った方がよいか。ひょっとしたら、次元の方がもう出て行ったか
もしれない。何か言うべきではなかったか。思考はとりとめもなく空回りした。
よほど気が緩んでいたのだろう。
後ろから抱きすくめられるまで、背後の男に気づかなかった。

     !?」

一瞬、士条が戻って来たかと思ったが、見慣れた袖口で誰なのか知れた。背広も帽子も着けたまま、黙って侍を抱
き締める次元が、シャワーの湯をかぶりたちまちずぶ濡れになる。

「濡れ・・・・・・、」

ぐいと顎を掴まれ、その先が継げなくなった。ぶつけるようにして奪われた唇から、やり場のない男の感情が流れ込
んでくる。濡れてぐずぐずになったスーツに真っ裸の体を抱かれ、五右ェ門はただひたすら頭の中で詫びた。

「・・・・・・っ、」

よろめいて頬に湯が当たった瞬間、次元が顔をしかめる。侍が殴った場所がしみるらしい。湯が当たらぬよう手をか
ざし、侍はやっと、その言葉を言った。

「・・・・・・すまぬ。」
「・・・・・・。」

次元は返事をしない。額をごち、と合わせ、ただ一言、呟いた。

      洗ってやる。」
「いや、」

それは、と拒む言葉が震えて消える。問答無用で侍の耳に唇を押し当てた男が、低い声で聞いた。

「どこ触られた。」
「・・・・・・、」

言いたくない。
押し黙ったのがいけなかった。湯の流れる侍の首に、次元がガブリと歯を立てる。

「っ!」

身をよじらせた拍子に浮き出た首の筋に添って、次元は舌を這わせ始めた。洗ってやると言ったくせに、石鹸など使
わず侍の体をひたすら舐め回してゆく。厚い舌で丁寧に舐めたその場所を、男は逐一噛んでは強く吸った。そのた
びに激しく震える体に気づいていて、わざとやっている。きっと無数についたであろう跡を想像し、五右ェ門はぎゅっと
目を瞑った。どんどん激しくなる息がシャワーの音に掻き消されることだけが、せめてもの救いだった。
不意に、次元が膝まずいた。慌てて隠そうとした両手は、ぐいと後ろに回されてしまう。

「じげ・・・・・・、」

見下ろしても、男の帽子で侍には何も見えなかった。きっと男はじっと見つめている。もう勃起してしまったペニスが、
羞恥にひくひくと震えるさまを。熱い息が吹きかけられた。やんわりと唇が当てられた。中から舌が出て来た。

「ん・・・・・・、ふ・・・・・・っ、」

舌は尖端だけを執拗に舐め続けた。もしかしたら、男の頭にはさっきの光景がまだ残っているのかもしれない。すま
ぬ、すまぬと思うのに、こんなに滴らせてしまっているのが耐えられなかった。どんな思いでなぶり続けているのか、
次元の表情は見えない。
思わず手を振りほどき、帽子を払った。男がほんの一瞬、こちらを見上げる。すぐに目を伏せたかと思うと、濡れた
唇が五右ェ門をずっぽり吸い込んだ。

「う・・・・・・!」

否応なしに快感が衝き上がる。声を上げる間もなく解放しそうになったその瞬間、唐突に愛撫が止まった。

      っ・・・・・・!」

すんでのところで射精を堪え、浅い息を吐き散らして侍は薄目を開けた。絶頂感が遠のくにつれ開けてゆく視界に、
何かを凝視している次元の姿が映る。視線の先にはシャンプーやスポンジがまとめて置いてあった。

「・・・・・・?」

何を見ているのだろう。ただす間もなく次元は急にシャワーの詮を閉め、湯を止めてしまった。それから、石鹸を手に
取った。

「な・・・・・・にをっ!」

突然、陰毛に石鹸をなすりつけられ、侍の語尾はうわずった。局部を乱暴に泡立てられて、いま散らしたばかりの高
ぶりが瞬時に戻ってきてしまう。泡にまみれた次元の手は五右ェ門を再び握り込み、絞り上げ始めた。ぬちゅぬちゅ
といやらしい音が狭い浴室に響く。大きく厚い男の手の中に、今にも放ってしまいそうだ。放ちたい、いや放ってはな
らぬ、心中攻めぎ合う五右ェ門を次元は抱きすくめ、しごき続けながら風呂の蓋に座らせた。両脚を大きく広げられ
ても、もう達してしまいそうな侍にはなすすべがない。何も考えることができなかった。      次元の手の中に光る
ものを見つけるまでは。

「・・・・・・なん、だ・・・・・・?」

頭では分かる。それはT字型の剃刀だった。ただ、意味を結び付けることができない。泡立つ場所へそれがあてがわ
れるのを、信じられない想いで五右ェ門は見つめた。そり、と刃の滑る感触に体が跳ねる。

「!」

容赦なく剃刀を動かす男の意図を、ようやく侍は理解した。硬直した体から必死に言葉を引きずり出す。

「やめ      、やめろ次元! 正気か!」
「正気じゃねえ。」

声にハッとして目の前の男を見つめた。どうして     
泣きたいのはこっちの方だ。どうしてお主がそんな顔をしているのだ。
しょりしょりと陰毛が剃り落とされてゆく。嫌だ、やめろ、と頭の中で叫んでいるのに、声に出すことができなかった。
自分が招いた結果だという痛恨の念と、今にも泣き出しそうな男の顔のせいだ。理由はもう一つあった。

      何という      、恥知らずな!

もう触れられていないのに、動く刃に動物的な恐怖さえ感じるのに、すくみ上がりもせず勃起し続ける自らの陰茎が、
何にも増して侍を辱めた。震えるそれを次元は軽く支え持ち、剃毛の邪魔になる時にくい、と動かすだけで、もうしご
いたりはしない。ただ一言だけ、呟いた。

「・・・・・・溢れてきた。」
     !」

自害して果てたいと思った。




ひどくゆっくりと時間は過ぎた。全部剃られてしまったらしい。次元が緩慢に顔を上げる。

「・・・・・・。」

激情と悔恨に蹂躙され尽くした、情けない顔だ。多分自分も同じようなものだろう。
そっと体を引き起こされた。シャワーの湯を再び出し、男がそこを洗い流す。目を向けることができなかった。湯のあ
たる感覚が、今までとはもう全然違う。
湯を止め、次元が五右ェ門を見た。絶望的な表情を浮かべたまま、侍を引き寄せ抱き締める。ずぶ濡れのスーツが
少し冷たかった。男はそのまま侍の言葉を待っている。何も浮かばず、一言だけ言った。

「気が、済んだか。」
「・・・・・・悪かった。」

悲痛そのものの声に、今ここにマグナムがなくてよかった、と侍はぼんやり思った。あったら男は自分で頭を撃ち抜
きかねない。荒んだ声で、「五右ェ門」と男は続けた。

      お前がどこへ行こうが何をしようが、お前の自由だ。」
「何を      、」

よくもそんな、という言葉が、男の抱擁にくぐもり途切れる。

「本当に、そう思ってるんだ。」

苦しげに、男は言った。

      馬鹿みてえだ。自分でも持て余してる。」

絞り出すような掠れ声が、静かな風呂場に響く。

「お前は俺のもんじゃねえ。愛想が尽きたらいつでも行ってくれ。」
「・・・・・・。」

深く長く、五右ェ門は息を吐いた。
きっと本人は気づいていないのだろう。言葉を継いでも継いでも、次元はさっきからたった一つのことしか言ってい
ない。


どうしようもなく、惚れていると。


「・・・・・・馬鹿者。」

侍の声に、男がぴくりと肩を震わせた。

「こんな仕打ちをしておいて、何が自由だ。」
「・・・・・・すまねえ。」

五右ェ門を抱いたまま、男が呻く。重い体を押しのけて、侍は言った。

「お主に言われずとも、拙者の自由だ。」
「ああ。」

ぐずぐずの襟をむんずと掴んだ。次元が妙な顔をする。

「五右ェ門     ?」
「好きにさせてもらうぞ。」

男をどんと突き飛ばし、壁に押し付けた。有無を言わせず唇を塞ぎ、頭を掻き抱く。驚いて反応もできない男の口内
でひとしきり暴れてやり、やっと五右ェ門は唇を離した。まだ呆然としている次元の顎を掴み、睨みつける。
ああそうだ。


どうしようもなく、惚れている。


「ご・・・・・・、」
「よいか、一度しか言わぬぞ。」
      、」

まったく、何というみっともない顔だ。溢れ出るままに、五右ェ門は言った。

「拙者は、お主のものだ。」
     !」

もう一度口づけしてやろうと思った瞬間、抱き締められて身動きできなくなった。言いたかったことも、それで全部消
えた。



     *



風呂場から部屋へと戻る短い距離の間にも、股間の違和感は五右ェ門を苛み続けた。肌の周りの空気が動くだけで
異常にすうすうするその感覚が、そこが無毛だということを嫌というほど思い知らせる。努めて平静を装い歩いてみ
ても、時折目に入る下腹のありさまは全く言い訳のできない状態になっていた。子供のようにつるんつるんになってし
まったそこに、どう見ても子供ではないものが勃ち上がり雫をしたたらせている。みっともないのは一体どっちだ。バ
スタオルを引っかぶりどこか悄然と歩く次元につられて俯きそうになるたびに、五右ェ門は自らを叱咤した。

ベッドの前に辿り着き、立ちすくむ。侍の肩にかかっていた着物を取り去り、次元が自分のバスタオルも床に落とした。
一糸まとわぬ裸になった男が、同じく裸の侍を抱きすくめ柔らかく押し倒す。のしかかり、少し申し訳なさそうに恋人
は言った。

「・・・・・・見て、いいか。」
「・・・・・・。」

否、と言えない。
ほんの少し膝を開くと、両足首に次元の手がかかった。そのまま持ち上げられ、大きく拡げられる。

「・・・・・・!」

光景を想像したくなくて、五右ェ門はあらぬ方向に目をやった。赤ん坊がおしめを換えられるような格好が嫌で、足首
を振って次元の手をほどく。そのまま膝裏を抱え、自ら抱え持った。まだこの方がマシだと思ったのだ。

「・・・・・・。」

自ら拡げて見せる格好になった侍の前で、長い間次元は何も言わなかった。自分で無毛にしておいて、今さらその
非道を悔いているのだろうか。何でもいいから何か言ってくれ。沈黙に堪えきれず、とうとう五右ェ門は男を見やった。
両手をついたまま視線をなぜか完全に外し、次元は震えている。

「次元・・・・・・?」

脚を解き、起き上がった。屈んでいる男を覗き込もうとした刹那、それが目に入った。      萎えて     

「見るな。」

短く言い、次元は再び五右ェ門を押し倒した。侍の腰をさっきより高く引き上げ、尻穴と玉しか見えないような格好に
させられる。嫌だ、と思った。次元、お主は消沈してしまっているではないか。バタつかせようとした膝が、突然、ぴん
と伸びた。

「あ・・・・・・! あ・・・・・・!」

滑らかになってしまったその場所を、男のぬめった唇がじゅるじゅると這い回る。もと毛があったところにそれがない
というだけで、こんなにも敏感に響くものなのか。陰嚢の付け根から尻の穴にかけて、次元の舌が何度も往復する。
抵抗物が剃り落とされてしまったために、侍の神経が男の舌先だけをダイレクトに捉えてしまう。死ぬほど感じた。
馬鹿みたいな声が出た。舐めながら、次元も馬鹿みたいな声を出す。

「すあん、ごえおん・・・・・・!」
「あやあうな・・・・・・!」

謝るな、と言いたかった。謝るな。お主が謝ると、一人おっ勃てている拙者が馬鹿みたいではないか。
狂ったように暴れ、やっと男を振りほどいた。面食らう次元を引き倒し、下にして、顔をまたぐ。こんな異常な状況に、
自分だけが発情しているのが耐えられなかった。萎えたそれを口に含む。

「!!」

咥えたそれを思わず五右ェ門は離した。振り返り、そっと次元に尋ねる。

「・・・・・・お主・・・・・・、もう達していたのか。」
「んな訳ねえだろ・・・・・・!」

押し殺した声で、次元が答える。事実は明白だった。どう考えてもこれは先走りの味ではない。よく見ると、男の腹や
胸にも白い液がぶちまけられている。
観念したように、次元が呻いた。

「言ったろ。      正気じゃねえんだ。」
「・・・・・・そうだな。」

くっ、と笑い、男のものを一気に飲み込んだ。独特の生臭さを全部舐め取るようにしゃぶってやると、萎んでいたもの
があっという間にガチガチになる。口内を大きく開き、喉の奥まで届くくらいじゅぽじゅぽと吸ってやった。男の息が荒
くなる。突然、尻の穴に舌を突っ込まれ、叫ぶ代わりに五右ェ門は男を強く強く吸った。
      正気じゃないのだ、お互いに。これは、今だけのことだ。
たがが外れたような口から男の熱い一物を抜き、とうとう、侍は言った。

      次元、挿れてくれ。」
「五      、」
「頼む。もうたまらぬ。」
「・・・・・・!」

返事もせず男が起き上がる。まだ叱られた子供のような表情を残している次元に、五右ェ門は笑ってみせた。ちょっ
とおかしくなってしまったのだ。自分も、次元も。侍自ら広げてみせた股を更に次元が大きく開き、無毛のそこに熱い
先端を押しあてる。罰当たりなその光景を、さすがに侍は見ていることができなかった。ずむ、と亀頭が入って来るの
を、ただ息を吐いて迎え入れる。直接見なくても、男の顔を見ていれば、どんなに不埒なことが起きているか想像が
ついた。瞬き一つせず、一部始終を目に収めながら、ほとんど涙声で男が呟く。

      犯罪だ、これは。」
「何を、言っておる・・・・・・、」

全部自分でやっておいて、と言おうとした瞬間、衝撃に侍は舌を噛みそうになった。手加減も何もなく最奥へ思いきり
突き入れ、そのままの勢いで次元がずこずこと出し挿れし始める。さんざん感じさせられていた体にはひとたまりも
なかった。一突き一突きが脳天に届く間もなく、早くもそれは絶頂に変わった。

「あ・・・・・・! あ・・・・・・!」

何も準備できないまま、触れてもいない陰茎からしどけなく精液が漏れ出してしまう。快感は長く続いた。締めつける
尻穴の感覚で侍の絶頂は分かっているはずだが、男は五右ェ門をぬっこぬっこと責め続ける。完全に気をやったと
いうのに、五右ェ門の中もまだそれを求め続けた。興奮する男の熱を味わい尽くそうと貪欲に揺らめく侍の腰つきに、
男が唇を拭う。

「ヤらしい・・・・・・、五右ェ門・・・・・・、」

そうだ、お主のせいだ。歯型だらけの体を震わせ、侍は挑むように言った。

「まだ足りぬ、次元・・・・・・!」
      俺もだ。」

男の腰が加速する。めちゃくちゃに突き回されるそこから、爆発的な悦びが駆け上がってくる。もう何も考えられなか
った。多分、二人とも吠えた。結合した部分だけが、はっきりと熱く、生きていた。



     *



汗も精液も涙も唾液も区別がつかない。互いにそこがどこかも分からないまま、触れる場所にただ接吻を重ねた。
やっと唇に辿り着き、深く深くまさぐり合う。

      ひでえこと、しちまった。」
「今さら・・・・・・!」

侍の腰がもし立てば、今すぐあの世逝きになるようなことを次元は言った。汗みずくの白い首元に顔を埋めて、男が
呟く。

「・・・・・・まったく、がっかりだ。」

ぎくりとした。

「こんなに弱いとはな。ひでえもんだ。」

どうやら自分自身のことを言っているらしい。身を固くしている侍に気づき、「どうした」と次元が声をかける。小さな声
で、侍は言った。

「・・・・・・弱いのは、拙者の方だ。」
「お前が? なんで。」
「・・・・・・。」

とてもじゃないが言えはしない。黙り込む侍に、ああ、と次元が笑った。

「いいんだよ、お前が全部感じちまうのは。」
「な・・・・・・!」
「ビンビンだったな。」
「・・・・・・!」

あまりの羞恥に逃げ出そうする五右ェ門を、次元が抱き止める。離せ、と侍はもがいた。あんな無様ななりにされて
怒るはずが、あろうことか死ぬほど乱れてしまったのだ。毛布ごと侍を抱き締め、「なあ、五右ェ門」と次元が呑気な
声を出す。

「誰にも見せるなよ、これ。」
「ば、」

思わず顔を上げた。

「当たり前だ、馬鹿もの!」
「頼むぜ。ほんとにこれはやべえ。」

真剣な様子に、二の句が継げない。やっとのことで、侍は言った。

「・・・・・・この、変態め。」
「ああその通りだ。」

神妙に頷いた次元が、再び唇を求めてくる。

      本当に、その通りだ。

再び一つに溶けながら、自分に対して、侍は言った。
















えーと最初はですね、オリキャラを出して次元に嫉妬させちゃおう、わーい、くらいに考えてたんです。それがすっか
りていもうプレイに持って行かれてしまいました。いやー驚いた(^−^)。ちなみに士条のモデルはGacktです。
あと、玉鋼の職人さん達は玉鋼作りに超集中してるので、隣の飯場で銃声がしようが咆哮が上がろうが頓着しないっ
てことでお願いします(^−^)。




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