午前5時








 薄く目が覚めるたびに、しのぶを抱き寄せるのが後藤の癖だった。そのたびにしのぶも目を覚ますの
が常だったが、珍しく後藤の腕が離れる感覚で今日は目が覚めた。

「・・・・・・?」

 半分まどろんだ体に、すうっと入る冷たい空気が感じられる。台所から音が聞こえてくる。何か飲んで
いるのだろう。
 後藤が戻ってくるのを何となく待ちながらうつらうつらしていると、カラカラ、とベランダの戸が開く音がし
た。

     あ。

 しのぶは起き上がり、枕元の時計を見た。5時過ぎだ。日の出まではまだ時間がある。

「さむ・・・・・・。」

 もそもそと布団から這い出し、カーディガンを羽織ってベランダへ向かう。
 カラカラ、という音に後藤が驚いて振り向いた。半纏を羽織って煙草を手にしている。

「ありゃ、起こしちゃった?」
「・・・・・・もう。前にも言ったでしょ。」

 後藤の問いには答えずに、しのぶがまだ眠そうな声で言う。

「自分の家なんだから、遠慮しないで。中で吸っていいのに。」
「あ〜。ま、そうなんだけどね。」

 後藤がばりばりと頭をかく。

「寝てるのに煙い思いさせるのも申し訳なくて、ね。」
「こっちが悪いわ、却って。」

 後藤は笑って煙を吐き出した。

「・・・・・・それに、この時間にここで吸うの、好きでね。」
「こんなに寒いのに?」
「うん。」

 後藤が柵にもたれて遠くを見る。しのぶも隣に立ち、後藤が見ている方を見た。灯の点る家はほとんど
なく、町は闇の中に静まり返っている。

「・・・・・・静かでしょ。」
「そうね。」

「こんなにいっぱい家があってさ、その中に人が住んでて。ものすごい数の人が、ここでこんなに静かに
寝てるんだよ。」

「・・・・・・ええ。」
「平和って、こういうことかと思う。」
「・・・・・・。」

 しのぶは後藤を見た。後藤は目を細めて眼下の家々を眺めている。
 後藤の矜持、のようなものを見たような気がした。
 日々の任務に追われながら、自分がどこに立っているのか分からなくなる時がしのぶにもある。そんな
時、後藤はここにこうして立つのだ。
 自分の守るものを見つめるために。仕事の意味を思い出すために。
 大事な秘密を明かされた気がして、しのぶはつんと鼻の奥が熱くなるのを覚えた。すん、と鼻をすする
しのぶに、

「寒い?」

 後藤が肩を抱き寄せる。

「・・・・・・ううん。」

 答えながらも、しのぶは後藤の肩に頭をもたせかけた。この人を大事にしたい、と強く思った。

「明るくなってきたね。」
「・・・・・・きれいね・・・・・・。」

 東の空が奇跡のような色に染まっていた。






 
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