14日








 コンコン、とノックの音がする。

「はい、」
「どうぞ〜。」

 PCを覗き込むしのぶと、向かいで新聞をめくる後藤の声が合わさった。ドアが開き、野明の顔が半分
だけのぞく。

「あの〜、隊長にお客様なんですが。」
「あそ。だれ?」
「警備2課の課長さんです。」
「ああ・・・・・・。」

 立ち上がり、キーを叩くしのぶに声をかける。

「ちょっとここお願いできるかな。」
「いいわよ。」
「お客さん、どこ?」
「応接室です。すっごい美人ですね〜。」

 しのぶの指が一瞬止まった。ような気がした。

「ほらほら、まだ点検終わってないんだろ? 取り次ぎあんがとな。」
「あ〜、隊長なんかごまかしてる!」
「なんもごまかすことなんかないよ・・・。ほら、行くぞ。」

 ぐいぐいと押しやって外に出る。ドアを閉める間際、先程の野明と同じように隙間から顔をのぞかせた。
PCに向かっているしのぶにそっと声をかける。

「・・・・・・行ってきま〜す。」
「行ってらっしゃい。」

 向こうを向いたまま返事を返すしのぶに変わった様子はない。

     気にしすぎ、かね。

 後藤はドアを閉めた。



   *



 実際美人なのかもしれない。ふーん、と呟く後藤に、当の美人が「なに?」と声をかけた。

「なんも。」
「じゃ、そういう訳でよろしくね。」
「はいはい。」

 適当に相槌を打ち立ち上がる後藤に、女は「そうそう」と脇の大きな紙袋を手渡した。

「これ、みなさんでどうぞ。」
「なにこれ?」
「2月14日。」

 中を覗いてやっと「ああ〜」と声を出す後藤に、もう1つ小さな紙袋が差し出される。

「これは?」
「あなたに。」
「2月14日?」
「そ。」

 最初の紙袋とは明らかに違う上品なピンクの包みを後藤はつまみ上げた。

「なんか扱い違うねえ。」
「特別だもの。」

 沈黙。

「・・・・・・そうなの?」

 間抜けな返答に、女がくすりと笑って言う。

「どう? 今度食事でも。」

 後藤は曖昧な笑みを返した。

「物好きだねえ。」
「もてるくせに。」
「あ、分かる?」

 女はふんと鼻を鳴らした。肘をついて後藤を見上げる。
 無言の応酬。
 後藤が頭をかいた。

「俺、好きな女いるよ。」
「・・・・・・嘘でしょ?」

 弾かれたように女が顎から手を離した。

「ほんと。」

 悪びれもせずに後藤は突っ立っている。

「付き合ってるの?」
「うん。」

 しばらく呆気にとられてから、女はあーあと声を上げた。

「こんなのに目つけるの、私くらいだと思ったのにな。」
「言ってること違うじゃない。」

 後藤が口を尖らせる。

「早く言いなさいよ。チョコ1個損しちゃった。」
「返す?」
「あげる。」

 立ち上がる女にドアを開けてやる。入口まで送ることにした。

「彼女に見せてあげなさいな、もてるってこと。」
「あ〜、それシャレになんないなあ〜。」
「ふふ、怒るでしょうね、南雲さん。」

 ぎょっとして振り向くと、さもおもしろそうな笑い顔と目が合った。

「・・・・・・。」
「弱みも握れたし、ま、よしとするわ。」
「・・・・・・あのさあ。」

 去りかける彼女に、後藤が声をかける。

「これ、やっぱり返していい?」
「必ず召し上がって。毒入れてあるから。」

 にっこり笑って去る後ろ姿に、「くわばらくわばら」と呟いた。



     *



 サンダルをぺたぺたと鳴らし、隊員室に顔を出す。

「あ、隊長。」
「おーう。これ、みんなで食えや。」

 大きな紙袋をぼん、と机の上に置いたそばから隊員たちが群がり集まる。

「おおー!」
「こらこら、ちゃんと分けなさいよ。」
「隊長は?」
「俺はいいよ。」

 遊馬がもの問いたげに寄ってくる。

「さっきの課長さんの土産ですか?」
「そ。」
「隊長、お知り合いなんすか。」
「んー?そうね。」
「へえ〜・・・・・・。」

 まだ何か言いたそうな遊馬を残し、賑やかな隊員室を後にした。
 長い付き合いで気心も知れている。「美人」と評される容貌に、40前で課長に抜擢される能力の持ち主。
「もったいない話だよ」と呟きながら、しかし後藤は自分の中のどの部分も彼女に反応しないのを感じて
いた。なんでだろね、ほんと。

「ただいま〜。」
「おかえりなさい。」

 相変わらずしのぶはPCに向かっている。
 こじんまりとした紙袋を机に無造作に置くと、こちらをちらりと見た。
 そのピンク色に目をとめる。

     あ。

 後藤が何か言う間もなく、しのぶはすっと顔を戻した。
 なんとなくタイミングを逸して、仕方なく後藤は椅子に座る。紙袋をごそごそしまう音がやけに響いた。手
持ち無沙汰なまま、広げっぱなしの新聞を持ち上げる。顔を隠すのにちょうどよかった。

 非常に居心地が悪い。

 お互い黙って1時間や2時間過ごすことはざらなのに、今は1秒1秒が重く後藤にのしかかった。こっそ
り新聞の陰から覗いてみる。なんでもない顔をしてキーを叩いているしのぶから、思念が渦巻いて立ち
のぼるのが見えるようだった。まずい。
 後藤はばさっと新聞を下ろした。

「あのね、しのぶさん。」

 しのぶが顔を上げる。

 コンコン。

 ノックの音に、一瞬交錯した視線が再び外された。後藤が「は〜い」と情けない声を出す。

「失礼しまーす!」

 元気よく入って来た野明の手にしているものを見て、後藤はうめいた。

「あのー、南雲隊長、チョコ召し上がります?」
「・・・・・・チョコ?」

 しのぶがさりげなく問い返す。

「隊長のお客さんの差し入れだったんですけど、みんなで分けてるので、よかったらどうぞ。」

 赤い簡単な包みをしのぶが受け取る。

「・・・・・・どうもありがとう。でもいいのかしら。」
「すごくいっぱいくれたんですよ。隊長ほんとにいらないんですか?」
「あー? 俺はいいよ。」

 声がひっくり返っている。しのぶの表情は野明の陰に隠れて見えないが、後藤にはありありと分かった。
彼女は気付いただろう。後藤が持ち帰った紙袋の意味を。今しのぶが手にしているそれとの差を。

「おいしいのに。じゃ、失礼しまーす。」

 無邪気な部下が出て行くやいなや、後藤は「しのぶさん」と声をかける。もはや一刻の猶予も許されな
かった。

「あのね、」
「もらったんでしょ。」

 意外に穏やかなしのぶの声に、後藤は拍子抜けした。腰を浮かしかけたまま「あ〜」と声を出す。

「この人に。」

 しのぶが赤い包みを掲げる。

「えーと・・・・・・、はい。」
「よかったじゃないの。」
「いや・・・・・・、別にねえ。」
「素直に喜んだら?」
「・・・・・・しのぶさん?」
「なに?」
「怒ってません?」
「どうして怒るのよ。」
「・・・・・・ねえ。」

 気が抜けた。
 煙草が吸いたくなった。「一服してきます」と立ち上がり、部屋を出かけて後藤は振り返った。

「・・・・・・しのぶさん。」
「なあに?」
「・・・・・・しのぶさん・・・・・・は・・・・・・、」

 初めてしのぶが顔をちゃんとこちらに向けた。にっこりと笑う。

「バレンタインだったのね、今日。」
「・・・・・・そうみたいだね。」

 後藤はドアを閉めた。
 はあー、と大きなため息が出る。



     *



 ドアが閉まった途端にしのぶは脇机の引き出しをガラっと開けた。

「・・・・・・。」

 無言でそれを引っ張り出す。



     *



 一服のおかげで大分すっきりした。もうこんな時間かと思いながら後藤は隊長室のドアを開ける。

「ただい・・・・・・、」

 甘いにおいが鼻をついた。
 とっさにしのぶの机を見る。赤い包みは先刻と変わらずそこにあった。

「早かったわね。」
「・・・・・・。」

 なんとなく腑に落ちない。席に戻りながら、しのぶの様子を窺う。
 目が合った途端に視線を外された。
 なにかある。
 後藤はまっすぐしのぶの方へ向かった。

     なに?」

 近づくにつれ濃厚になる甘い香りに後藤は確信した。しのぶは警戒心もあらわにこちらを見上げている。

「ちょっと、失礼。」
「あ!」

 しのぶの脇のごみ箱をかすめ取る。案の定、見覚えのない青い包み紙とリボンが丸めて捨てられてい
た。

「・・・・・・。」
「・・・・・・。」

 みるみるうちに頬を染めていくしのぶを、後藤は黙ってただじっと見つめた。
 これだわ、と思う。こういうところがたまらなく好きだ。
 耐えかねてしのぶが口を開く。

「違うのよ、これ・・・・・・!」

 言葉が途切れた。

 乱暴に唇を塞がれ、しのぶが暴れる。ものともせずに後藤は背中を抱き顎をつかんで、チョコの余韻を
味わった。
 丁寧に舐めつくして、ようやく唇を離す。

「しのぶさん・・・・・・。」
「なによ!」
「食べちゃわなくてもいいじゃない。」
「なんの話よ!」
「でも初めてだなあ、こんなチョコは。」
「別に後藤さんに・・・・・・!」

 また唇を塞がれてしのぶはもがもが言った。

「なんも言わなくていいよ。」
「・・・・・・。」
「かわいい。大好き。しのぶさんしか見えない。」
「・・・・・・。」
「ありがとね。」
「・・・・・・・どういたしまして。」

 むすっとして言うしのぶに、またキスしてやろうかと思った。






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