午後10時








「あーさっぱりした。」

 肩にかけたタオルで頭を拭いながら、後藤は冷蔵庫をがしゃん、と開けた。缶ビールをつかんで鼻歌を
歌いながら居間に入って来る。

「あ、パソコン借りてるわよ。」

 しのぶが画面に向かったまま後藤に声をかける。ひっつめた洗い髪から水滴が落ち、白いバスローブ
からは裸の足がのぞいている。

「なにやってんの?」
「メール。申し送り忘れてたことがあって。」
「俺のアドレスから?」
「そんなことしません。」

 しのぶは振り向いて、

「やだ、何か着たら?」

と、顔をしかめた。上半身裸にスウェットの下だけという恰好の後藤は、「暑くってさ」としのぶにビールを
渡し、奥へ消える。しのぶも、渡されたビールをくぴっとやった。

「・・・・・・おいしい。」

 思わずごくごくと喉を鳴らす。空になった缶に気づいて、ま、いいかと脇に置き、また画面に向かった。
後藤が漬物の皿を片手に戻って来て缶を持ち上げる。

「あれ、空になっちゃってるよ。」
「おいしかったわ。」
「あ〜。そりゃよかった。」

 いそいそと台所に引き返し、ビールを2缶抱え椅子を引きずってまた戻って来る。

「悪いわね、働かせちゃって。」
「いえいえ、お客さまだからね。」

 椅子の背もたれを前にして座り、缶をしのぶに渡す。2人同時にプシュ、と快音を上げてから、軽く乾杯
を交わした。

「お疲れさま。」
「お疲れ・・・・・・、って、まだ終わらないの?」
「あと少し。ほんとに上着たら?風邪ひくわよ。」

 しのぶはまた画面に向き直る。後藤は背もたれに顎を乗せ、しのぶの後ろ姿を眺めた。カタカタという
音が部屋に響く。白いうなじに黒髪が一すじ、ぱらりと落ちた。

「・・・・・・しのぶさんこそ。」

 後藤は立ち上がり、椅子ごとしのぶの方へにじり寄った。缶を床に置き、

「風邪ひくよ、こんな髪のままじゃ。」

 留め櫛をすっと引き抜く。重い濡れ髪が肩に落ちた。

「なに・・・・・・、」
「いいからいいから。メール打っててよ。」

 タオルでしのぶの頭を包み、手の平でもみ込むように力を加えていく。

「・・・・・・いいにおいがするなあ。」
「自分も同じにおいさせてるでしょ。」

 しのぶは苦笑し、しかし意外な気持ちのよさに、それ以上の抗言はせず後藤の手に頭をゆだねた。
 後藤はマッサージを終えると長い髪をタオルに挟んで持ち上げ、ぽんぽんと端に向かって叩いていく。

「・・・・・・なんだかうまいわね。」
「プロ並みでしょ? 」

 後藤はしのぶの髪をタオルでまとめた。

「はい、終わり。他に何かご要望は?」
「いいえ、十分よ、ありがとう。」

 答えたしのぶの耳元で声がした。

「じゃ、これはサービス。」

 突然首に熱いものを感じてしのぶは身じろぎした。あらわになった首すじに後藤の唇が押しつけられて
いる。

「ちょっと・・・・・・!」
「遠慮しなくていいよ、サービスだから。」

 唇よりも熱い舌が首をなぞる。後藤の裸の両腕がしのぶを後ろからかき抱き、唇が赤い耳たぶを甘く挟
んだ。しのぶの肩がぴくん、と跳ねる。

「・・・・・・すごく色っぽい。」

 後藤の両手がバスローブの上から乳房を包んだ。途端に、

「いでっ!」

 悲鳴が上がる。
 しのぶはつねり上げた手をゆっくり離し、

「どうもありがとう。でもサービスはもうちょっと後でいただくわ。」

 赤い顔でまたキーボードを叩き始めた。後藤は乳房から両手を離さず、抗議の声を上げる。

「しのぶさ〜ん・・・・・・。」
「メールがまだなのよ。あと少しだけ待って頂戴。」
「じゃあこのまま待機ね。」
「・・・・・・!」

 しかめつらで振り返るしのぶに、後藤の半べそ顔が懇願する。

「じっとしてるからさあ。」
「・・・・・・。」

 無言の承諾を与えて、しのぶは画面に集中しようとする。カタカタと打ち始めた途端、

「・・・・・・っ!」

 しのぶの肩に後藤の顎が乗った。
 沈黙が流れる。

「・・・・・・後藤さん。」
「・・・・・・もう動きません。」

 しのぶはため息をつき、またキーボードに向かった。うまく集中できない。

 頬に熱い息がかかる。決して動かしていないが乳房を覆う両手は、しのぶが息を吸うたびに微妙な感
触を与えた。後藤のまつげがかすかに動いてしのぶの頬をくすぐる。後藤が焦れているのがはっきり分
かる。空回る思考を必死でまとめながら、しのぶはキーを叩き続けた。
 送信ボタンをクリックした途端、

「・・・・・・もう待てない。」

 後藤がしのぶの首に噛みついた。声を上げる間もなくきつく抱き締められ、タオルが落ちる。
 むさぼるように、激しく唇を吸い合った。

「・・・・・・しのぶさんも、欲しい?」

 狂おしい目で、後藤が囁く。答えればどこか遠くへ連れて行かれそうだ。
 しのぶは観念して目を閉じた。

「・・・・・・欲しいわ。」

 次の瞬間、凄まじい快感に襲われ、しのぶは少しだけ後悔した。






 
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